Graduation










校門に立てかけられた看板。
体育館の紅白幕。
綺麗に飾られた3年生の教室。
今日は卒業式。
私はいつもより少し騒がしい教室へ入ると素速く辺りを見回した。
「蒼夜!お帰り、受付ご苦労様ね」
ふと後ろから声を掛けられ振り向けば、
そこにいるのは緩やかにウェーブする赤みがかった茶髪を肩の上で揺らした沙紅の姿が。
そしてすぐ近くにもう1つの影がない事に気付く。
「あら、浅黄は沙紅と一緒じゃなかったの?」
「先生に呼ばれて資料のコピー」
簡潔に返ってきた答えに、ふーんと相づちを打ってもう一度教室内を見回した。
そして漆黒の瞳がある男子グループの所で止まる。
「よっし完成!お涙頂戴大作戦フォーメーション16!!」
……何それ。
私が眼で沙紅に説明を促せば彼女は渋々口を開いた。
「サッカー部の追い出しコンパで先輩達泣かせるのに台本書いてるんだよ。暇人だね」
「何、あいつらもう16も台本書いたの?」
「や、1年6組の生徒がやるから16なんだよ。あんなアホな台本が後15もあったら嫌だよ」
私は沙紅の冷静な解説を聞きながら溜息をつく。
「あれ、どこ行くの?」
沙紅が教室を出た私の背中に問うが私は振り返ることなく片手を上げてこう告げた。
「生徒会室」   「失礼します」
慣れた手つきでドアを開けてすぐに片手で鍵を閉める。
探していた人物は1番奥のデスクの端に浅く腰掛けて窓の外を眺めていた。
「五月」
その人の名を口にして近付く。
ゆっくりと振り向いた彼の色素の薄い瞳はシルバーフレームの眼鏡と逆光によって見えないが、
優しく微笑んだ口元にほっと息を吐いた。
「どした。探してた?」
隣に歩み寄った私を引き寄せる彼に体を預けながら瞳を閉じて告げる。
「んー、逢いに来た。ここにいると思ったから」
「珍しいね、蒼夜がそういう事言うの」
さらさらと髪を解いていた手を止めずに五月が囁いた。
私も顔を上げずにそのまま答える。
「今日だからね」
五月が、あらまぁと呟く声が聞こえて私はクスッと笑った。
そしてあるお願い事を口にする。
「屈んで。ネクタイ結び直したいの」
五月は瞬きをしてもう一度私を見返すと、少し足をずらして更に体勢を低くした。
これはOKの合図。
私はゆっくり微笑んで彼の首へと手を伸ばす。
「流石にこんな格好で答辞は読めないでしょう」
ボタンを1つ、2つと留めるとシュルッとネクタイを解いてきっちりと結び直し形を作る。
すると五月は私が降ろした手を引いて近くに寄った。
そして私の胸のリボンを掬い上げる。
「お前も十分服装検査引っ掛かるよ?おいで、直してやるから」
少しきつめにそれを縛ると左右のリボンの大きさを調節してスッと微笑んだ五月。
「じゃ、式の後またここでね」
私は既に先輩の顔に戻った彼を見送ると自分も生徒会室を後にした。  
朝よりも更に騒がしい校内を私はゆっくり上へと昇る。
目指すはこの校内で唯一静寂を保っている特別な空間。
「式の後って。少し早すぎたかな」
私はグレーのブレザーを脱いでソファーに投げると軽く伸びをして呟いた。
言い出した張本人が来るまで彼が今朝そうしていたように窓の外を眺める。
ふと下を見れば丁度1人の女子生徒が前の男子生徒を呼び止めたところで、
溜息をつきながらもついつい眼を細めた。
2人は少し言葉を交わした後男子生徒の方が女子生徒へ何かを渡す。
あの光に輝く物は……。
「何真剣に見てんの?」
心地よいロートーンボイスに振り向くと、
そこには早速ボタンをはずしネクタイを緩めた五月がブレザーを片手に立っていた。
「ちょっとね。答辞お疲れ様。
 よくあんな心にも思ってないような文字の羅列で女の子泣かせられるわね」
「随分な言い様だな」
片眉を上げて呟く五月。
眼鏡を外したその額にはうっすらと汗が滲んでいた。
真夏でもほとんど汗かかない人なのに。
まさか。
「ずっと走って来たの?」
私は手元にあったタオルを彼の額に伸ばしながらゆっくり問う。
すると彼は溜息をついて口を開いた。
「逃げてた。女が挙って俺のとこに来やがる」
「そんなに?」
「あかねなんかまだ逃げてるよ。あいつ要領わりぃから」
ふと思い浮かぶ長い銀髪がトレードマークの五月の相棒。
「みんな最後に挨拶したかったんじゃないの?」
少し女の子達を不憫に思って言うと五月はクスッと笑って馬鹿だな、と私の額を弾く。
「あれは彼女達の勝負。俺の心とこれを狙ってね」
そしてその言葉と同時に何かを投げた。
私は左手でスッと受け止める。
「勝者は蒼夜だよ。あげる」
手中には先程の男子生徒が渡した物と同じ学園の桜の花を象ったネクタイピン。
いや、違う。
これは……。
「6枚片の桜……初めて見たわ」
私の手中で光るのは6枚の花びらを持つ桜のネクタイピン。
それは生徒会長だけに与えられる学園でただ1つの特別な物だ。
「でも、これを持つべき人は私ではない」
「蒼夜だから渡した。決定権は俺にある」
そう言って微笑む五月を相手に私は桜を持て余してしまう。
ただ受け取る自信がないだけ。
それだけの事なんだけど半端な気持ちで受け取れる物ではない。
それにそんな事私が1番許さないだろう。
悩み続ける私を見た五月はフッと息を吐くと口を開いた。
「言って置くけど渡したのはピンだけなんて思うなよ?
 お前に託したんだ、この学園を。俺達が卒業した後も学園を守ってくれるように」
「……そう」
私は瞼を伏せてただ呟く。
……嫌な女。
本当は少し期待していた。
純粋にこの桜を私にくれたらいいと思っていた。
本来の意味で渡して欲しかった。
でもそれは私の我が儘。
桜を預かった以上は彼の部下として任務を全うしよう。
私がそう決めたとき……。
「その代わり俺の全てをあげる。蒼夜はもう随分前に貰ったからね」
「五、月……?」
「変な事考えただろ。仕事の事とか重い方。蒼夜らしいけど」
私の頭をポンポンと叩く五月に私は言葉が出ない。
それは1番欲しかった言葉。
彼に言って貰いたかった言葉。
「いいの?」
少し不安げに呟く私に五月はクスッと笑うとそのまま私を抱き込んでしまう。
彼の肩に頭を置いたまま最後の言葉を聞いた。
「大切な人だから。信頼してる蒼夜に渡したんだ」
そう告げられて私の中の不安が全て消える。
そして今日私が1番言いたかった言葉がやっと出てきた。
「卒業おめでとう」
それは彼の存在をこの学園から消してしまう言葉だと思っていた。
私に孤独を与える言葉だと思っていた。
でもそれだけでは無いと気付かせてくれた五月。
だから彼にこの言葉を贈りたかった。
私は更に笑顔で告げる。
「長い間ご苦労様でした」   
彼は今日この学園を卒業した。
私は今日不安だった自分を卒業した。    




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この度は亜咲様、HP開設おめでとう御座います!!

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スミマセン、時代の波に乗れませんでした(痛) 遅ればせながらの贈り物です。
かなり昔に書いたので、今読むとなかなか痛いのですが 亜咲様のお気に入りと言う事で献上させて頂きます。

亜咲様、これからも宜しくお願い致します^^






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相変わらずの素敵文章様ありがとうございます・・・
いや、本当にありがとうございますしかでません。
しかも、もう遠慮という言葉がわかりません(へ


亜咲が五月先輩にハマったのはこの所為です。


深朔月蒼様、ありがとうございましたvv