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Get!Got!Gotten!!




「彼氏が欲しい女の話。」  


毎日通っているカフェは学校から歩いて5分。
とても静かでガラス張りのお洒落な室内には陽の光が沢山入る。
今日も珈琲の香に包まれながら私は店内を見回した。
――あ。
カウンター席のおじさん、また会った。
平日はいつもいるのよねぇ。
あの窓際のおばあちゃん、いつも水曜日に来るのに今日は何でいるのかしら。
後は……隣のテーブルのOLさん。
茶色い肩までのソバージュが可愛くて、グレーのタイトスカートとジャケット、
ピンクのキャミソールを着こなしている。
何処に勤めてるのかしら。
「いらっしゃいませ」
と、ここで常連客の中に1人の女性が入ってくる。
印象的な長い黒髪と人形のような整った顔立ち。
彼女は店内を見回すと足早に隣の席のOLさんの前に腰を下ろした。
「遅い!」
「ごめん。仕事が長引いたの」
長身の彼女は黒のパンツとジャケットの中にブルーのYシャツを合わせている。
「蒼夜、法律事務所のお仕事忙しい?」
「そうでもない。沙紅の会社勤めよりも暇よ」
どうやら黒髪の方が蒼夜さん、茶髪の方が沙紅さんというらしい。
静かな店内での穏やかな会話に私は自然と耳を傾けた。
「あぁ、そうそう。これ渡そうと思って」
「何コレ。結婚雑誌?」
「そう。私はもう必要ないから沙紅にあげるわ」
バッグから3冊の雑誌を取りだした蒼夜さんは顔をしかめた沙紅さんにそれを渡す。
「沙紅も必要ないんだけど。新手のイジメですか」
「そう言いながらページめくってる」
溜息混じりに笑った蒼夜さんの左手の薬指にはプラチナリングが輝いていた。
もう結婚してるんだぁ。
……いいなぁ。
私、希塔大学付属高校3年御城有亜は現在恋愛中。
しかもお相手は3学年の副担で国語教師の25歳。
一昨年新任でウチの学校に来たの。
報われないわよねぇ。
何で先生好きになっちゃうかなぁ。
「私、3人の中で一番結婚早いの沙紅だと思ってた」
「浅黄の出来ちゃった学生結婚だもんねー。沙紅達が21の時ィ?
 クリスマスに呼び出し食らったかと思えば子供生まれてるし」
「もうあの子も1歳6ヶ月。私達も23、社会人よ。浅黄は結局1年ダブって大学四年生だけど」
「あー。もうババァじゃん」
更に広がる2人の会話に私は再び引き込まれる。
そして次の蒼夜さんの言葉に少しドキッとした。
「恋愛に先延ばしはきかないよ」
まるで自分に投げかけられたかのようで、ふと先生の顔が眼に浮かぶ。
どうせなら卒業する前に……。
「何ソレ。経験談?」
「自分の気持ち優先でも良いんじゃない?って事。先帰るわ」
「え、もう行っちゃうの?」
「ほら、先輩。邪魔者は消える」
「え?あ……」
「その雑誌は珈琲代。お会計よろしくね」
そう言い残して足早に立ち去ってしまった蒼夜さん。
私も何となく席を立った。
しかし会計を済ませたところでバッタリとある人に出くわしてしまう。
「お?御城じゃん」
噂をすれば何とやら。
私は自分の頬が徐々に紅く染まるのを感じた。
「どした?学校帰りか」
何も言わない私に目線を会わせてくれるのはアノ先生。
赤くなったのバレたかなぁ。
「あの、園田先生……ここでお茶ですか?」
「まぁな。気をつけて帰れよ」
ペコッとお辞儀をして店を出る。
我ながらそこまで急がなくても良いと思うのに体が言うことをきかない。
まだ熱いよ。
それでも私は少し足取り軽く帰路についた。  



次の日私がカフェに出向くとそこに沙紅さんの姿はなかった。
私は何となくカウンター席を選んで店内を見回す。
何かいつもより混んでるなー。
暫くの間ボーっと古典のテキストを眺めていると隣に人の気配がした。
「お隣良いかな」
「あ、どうぞ……え?」
答えながら顔を上げると何とそこにいたのは蒼夜さん。
思わず呟きが出てしまう。
「昨日の……」
「ん?あぁ、隣のテーブルにいた学生さんね。こんにちは」
珈琲を頼んで腰を下ろした彼女はクスッと笑った。
カップに添えられた左手にはプラチナのリング。
私はなるべく静かに尋ねる。
「ご結婚、されてるんですか?」
彼女は私の声にこちらを見て頷いた。
「この春にね。これでも新婚」
「へぇー。いいなぁ」
微笑んだ蒼夜さんはとても綺麗で私は少しドキッとした。
彼女は続けて口を開く。
「貴女は?素敵な恋をしてる?」
「……はい。素敵かどうかはわからないですけど」
苦笑すると瞳で促された。
話してみようかな。
今まで誰にも話したことのない私の恋を、そっと口に出した。
「国語の先生、好きになっちゃったんです。
 初めての授業で指されたのに答えがわからなくて、
 そしたら一緒に覚えていこうなって笑ってくれて。
 その日から国語の授業はボーっとしちゃって成績下がるし、
 他の男の子に声掛けられても見向きもしないで結局彼氏は出来ないし、最低最悪なんです」
顔を上げると蒼夜さんは楽しそうに微笑んで聞いている。
そして少し低いハスキーボイスで私に語りかけた。
「私もね、学生時代寮の先輩と恋愛してた。
 恋が実っても誰にも言えないわ、喧嘩しても毎日朝から晩まで顔を合わせるわで大変だったわね。
 でも後悔なんて一度もしたこと無かった。今でも大切な思い出だから」
大切な……思い出。
「貴女の恋もきっと大切な思い出になる。
 報われなくても、ふられても忘れられない綺麗なモノとして貴女の中に残る」
報われなくても、ふられても……。
私は自分の心の中の蟠りがなくなったことに素直に驚く。
恋が実らなくたって良い、それでもこの想いを自分だけのモノしておくのは嫌だ。
「恋はいつでも何処かに落ちてるわよ。ゆっくり探してみたら?」
私が1人思いをめぐらせていると蒼夜さんはそっと微笑んで囁いた。
そして伝票を抜き取ると会釈して店を去る。
「有難う……。私、先生に告白する」
空席になった隣に向かって私は呟いた。  



ホームルームを終えた教室から沢山の生徒が出てから1時間がたった。
今日の放課後の見回りは園田先生。
部活生はみんな部室に行ってるし、その時に……。
「御城?お前何やってるんだ」
不意に声が聞こえる。
しかも私が待っていた声とは違う声。
振り返ると後ろのドアに同じクラスの矢渡真由君がいた。
「矢渡君は?」
「日直」
私の問いに短く答えた彼が高校3年間で唯一声をかけてくれた男の子。
それなのに私はその誘いをお断りしてしまった。
矢渡君は私の席の後ろから自分の鞄を取ると足早に教室を出ていこうとする。
しかし最後に一言こう呟いた。
「園田先生なら、すぐ来るぞ」
「え……」
私が目を見開いて問いかけてもその後は続かない。
嘘、知ってて……。
ガラッ!
「……あ?何だ御城。目ン玉落ちそうだぞ」
私はその気の抜けた声にハッと我に返る。
先生!
私は準備していた学生鞄の肩ひもをぎゅっと握りしめた。
「先生……。私、先生のことが好きです」
「うん」
私の震え声に頷く園田先生。
その灰色の瞳はまっすぐに私を捉えている。
「3年間ずっと好きでした。もっと沢山いろんな事教えて貰いたかったし、もっと沢山話したかった」
「うん」
「それだけでもよかったんです。
 だからこの気持ちは隠しとこうと思ったのに、無理矢理こじ開けた人がいて」
「うん」
「そしたら止まらなくなっちゃって、その人が……、蒼夜さんが……」
「ん?……うん」
「……だから今。伝えても、良いですか?」
「……どうぞ」
切れ切れに話す私にゆっくりと相づちを打ってくれた先生へそっとうち明けた。
「好きです」
そっと顔を上げた私の目に入ったのは先生の優しい笑顔。
でも返ってくる言葉は決定済みで、自然と涙が溢れる。
「オイ泣くなよ。悪ィけど御城の気持ちには応えてやれない」
「……ハイ」
私が涙声で頷くと先生は続けた。
「卒業まで半年ある。もっと沢山いろんな事教えてやるよ」
その言葉に私は思わず笑みを零す。
これでいいんだわ。
私は気持ちが軽くなった分駆け足でドアに向かうと教室を出る直前一言囁いた。
「先生のこと、好きでしたよ」
私の恋は終わった。
でも全てが終わるわけじゃなくて、高校生活も私自身もまだまだ続く。
新しい恋を探そう。
この素敵な思い出を添えられる、素敵な恋を探そう。   「ったく。好きでしたよって過去形だぞオマエ」
教室では彼が1人空を見上げている。
「しかも何だよ。何であそこで青の名前が出てくんだ」
その表情は少し自嘲気味で、彼には珍しい自信のなさが伺えた。
「人の気も知らねぇで……あんの年増魔法使いめ」
八つ当たり気味、とも言えるかもしれない。
「オレにどうしろっつーんだよ」
彼が見上げた空は、夕暮れ時で紅く染まっていた――  



足早に階段を下りて昇降口への角を曲がる。
「言っちゃったー」
苦笑いして呟いたものの後悔なんてしていない。
蒼夜さんの言う通り、素敵な思い出へと化した。
下駄箱で靴を履き替えて昇降口を出ようとしたその時。
「オイ」
「はいィ?」
私は足を止めてゆっくり振り返る。
そこには下駄箱に背を預けた矢渡君の姿があった。
「何でいるの!?」
驚いて問いかける私にクスッと笑って彼は体を起こす。
「お前待ってた」
「はいィ?」
何か違うリアクションできないの、と呟く彼は至って普通で、私1人動揺していた。
「何でよ」
「何でって、わかれよ」
彼は前髪を掻き上げると瞳で私を捉える。
「ふられたん?」
「うん」
私が苦笑して頷くと矢渡君はふーん、と考え込むような仕草を見せた。
どういうつもりよ、本当……。
「じゃぁもう俺のこと見てくれるって事だよな」
「はいィ?」
今、彼は何と言った?
私が慌てて聞き返すと彼はクックッと肩で笑っている。
「だから、気になる園田先生がいなくなったわけだし、俺も攻めてイイですかって事」
ようやく意味が理解できたお陰で頬が熱くなった。
私が断ったあの時から、ずっと待っててくれたの……?
「あー考えれば高2の春から1年長かったなぁ」
これ見よがしに私に聞こえるように呟く彼を見やる。
園田先生と似ているようで、異なる彼。
異なる点の大部分は、私の……。
「あのね、誰かが自分が相手のことを好きな1番の理由は
 自分のことを好きでいてくれるってことだって言ってた」
「ほぅ。だから?」
「私、矢渡君のことが好きだよ」
彼の目が優しく細められた。
優しい漆黒の瞳。
その中に映るのはいつでも私でありたい。
彼の手が今ゆっくりと……。  



「結婚したい女の話。」  



毎日通っているカフェは仕事場から歩いて5分。
とても静かでガラス張りのお洒落な室内には陽の光が沢山入る。
今日も珈琲の香に包まれながら沙紅は店内を見回した。
――あ。
カウンター席のおじさん、またいるわ。
平日は大体顔見るんだよねぇ。
窓際のおばあちゃんはいつも水曜日に会うの。
後は……隣のテーブルの学生さん。
可愛い学生服には見覚えがあり、ふと頬を緩ませる。
「いらっしゃいませ」
と、ここで店内に沙紅の呼び出しを食らった学生時代からの友人が入ってきた。
印象的な長い黒髪と人形のような整った顔立ち。
彼女は店内を見回すと足早に沙紅の前に腰を下ろす。
「遅い!」
「ごめん。仕事が長引いたの」
沙紅の文句に答えた長身の彼女――蒼夜は大して気にすることもなく珈琲を注文した。
「蒼夜、法律事務所のお仕事忙しい?」
「そうでもない。沙紅の会社勤めよりも暇よ」
蒼夜は現在司法試験をパスして近くの法律事務所に勤務している。
沙紅達の中でも有名なエリートさんだ。
「あぁ、そうそう。これ渡そうと思って」
徐にバックから3冊の雑誌を取り出した蒼夜を沙紅は思いっきり睨みつける。
「何コレ。結婚雑誌?」
「そう。私はもう必要ないから沙紅にあげるわ」
蒼夜はこの春交際10年目の旦那様とめでたくゴールインしてたりとか。
「沙紅も必要ないんだけど。新手のイジメですか」
「そう言いながらページめくってる」
彼女の言う通り、やはり乙女としては気になる話題なわけで沙紅の手は頻りにページをめくっていた。蒼夜は苦笑して呟く。
「私、3人の中で一番結婚早いの沙紅だと思ってた」
「浅黄の出来ちゃった学生結婚だもんねー。沙紅達が21の時ィ?
 クリスマスに呼び出し食らったかと思えば子供生まれてるし」
親友3人組の中で特に結婚の早かった浅黄は既に子育て中。
旦那様は同じく学生時代からの知り合いの一條君で、家族3人楽しく暮らしている。
「もうあの子も1歳6ヶ月。私達も23、社会人よ。浅黄は結局1年ダブって大学四年生だけど」
「あー。もうババァじゃん」
沙紅が戯けたように笑うと蒼夜は急に真面目な顔で口を開いた。
「恋愛に先延ばしはきかないよ」
「何ソレ。経験談?」
一瞬ドキッとしたけど何もなかったように問いかけると彼女は溜息をつく。
「自分の気持ち優先でも良いんじゃない?って事。先帰るわ」
「え、もう行っちゃうの?」
実を言えばまだ本題に入っていない。
沙紅が慌てて引き留めようとすると彼女は全てを見透かしたように目を細めた。
「ほら、先輩。邪魔者は消える」
「え?あ……」
「その雑誌は珈琲代。お会計よろしくね」
しなやかな動作で去っていく蒼夜の後ろ姿の向こう側では、
沙紅のもう1人の待ち人がカフェのドアを開けている。
沙紅が自然と視線を下げてしまうと隣の席の学生さんが立ち上がったのもわかった。
その際広げていたテキストの名前が目に入る。
御城、有亜か。
沙紅は少し自嘲気味に笑うと暫くしてから向かいの席に腰を下ろした先輩に声をかけた。
「お仕事お疲れ様、あかねさん」
するとスーツに身を固めた沙紅の恋人、あかねさんがニッコリ笑う。
「オマエもね。待たせて悪かった」
「イイよ。蒼夜捕まえて暇つぶしてたから」
「頼むからやめて。後で五月に怒られるのオレだから」
珈琲も頼まずゲッソリとした様子で呟いた彼に沙紅はクスッと笑った。
相変わらず真面目な性格通り仕事はキッチリこなしているようだ。
風で彼の銀髪が揺れる。
「うっし。今日の晩飯はオレ作るから材料買ってくか」
「やったぁ!」
ガタッと席を立ってさり気なく伝票を引き抜いてくれる仕草が優しい。
沙紅はニッコリ笑ってあかねさんの後に続いた。  



トゥルルルルル……。
「沙紅?何事だ」
『もしもしぃ蒼夜ぁ?今暇ですかぁ』
「別に良いけど。珍しいね、沙紅から電話なんて」
『そうでもないんだよ』
「どうせメールじゃ面倒くさいような内容なんでしょう?」
『……当たり。あのさ、女の子からの結婚したいな攻撃は、やっぱやめた方が良いかなぁ』
「は?結婚したいな攻撃?」
『そう。やね?この間の話じゃないけど浅黄も蒼夜も結婚しちゃって沙紅だけお一人じゃん』
「あかね先輩はそういう雰囲気じゃないの?」
『うん。沙紅はいつでもオッケィなんだけどねぇ』
「何だ、結婚願望有りまくりじゃない」
『そりゃそうださー。親友2人の結婚式に出された身にもなってみぃ?
 沙紅も、もうそろそろ、とか考えちゃうよ』
「じゃぁそれとなく言えば?」
『……うん。それがね?あかねさん今忙しそうなんだよ。
 だから沙紅の我が儘きいてもらうの悪い感じがするの』
「我が儘じゃないよ、別に。どうせしょっちゅう泊まりに行ってるんでしょう?
 それは問題になるような事情が有れば別だけど、もう付き合って長いし……」
『そうじゃないの。沙紅、随分前にあかねさんに結婚するなら6月が良いって言ったことがあるの。
 でも、もう6月だし急に決められるような話じゃないから』
「6月ねぇ。乙女の夢ですか」
『乙女の願望ですよ。でも案外忘れちゃってるかもねぇ。
 それこそ学生時代の話だし……って何か救急車の音聞こえるよ?何処で喋ってるの?』
「ベランダ」
『五月先輩は?』
「バスタイム。沙紅こそ何処にいるのよ」
『マイルームっすよ』
「今日は先輩のところじゃないんだ」
『そう!それなんだけど、何か今日は勘弁ってさっきメールあって。
 打ち返しても返信ないし、何かあったのかなぁ?』
「大丈夫でしょ。……ねぇ沙紅。結婚焦ってる?」
『ううん。そんなこと無い。正直いつでも良いんだよねぇ相手さえ押さえられれば』
「なら少しお静かに待ってみたら?向こうは向こうで考えがあるのかも」
『……うん。また電話してイイ?』
「いつでもどうぞ。あ、でも夜中はやめてね起きるから」
『うん。今日はアリガト』
「どういたしまして。おやすみね」
『おやすみ』  

ピッ。
「電話終わった?風邪ひくよ」
「うわ、五月?貴方何時の間に」
私が電話を切ってふと夜空を見上げていると不意に耳に入るロートーン。
驚いて振り返る間もなくフワリと後ろから包み込まれた。
お風呂上がりでまだ高い彼の体温が冷えた体に心地よい。
シャンプーの匂いに包まれながら私は尋ねる。
「ねぇ、あかね先輩から何か連絡あった?」
「何で?」
問に問で返される会話に私は肩を竦めた。
仕方なく2人で部屋の中に入ると五月が思い出したように呟く。
「蒼夜、お前稀塔付属の学生にちょっかい出したんだって?」
「……何で知ってるの」
私が睨み付けると彼も肩を竦めた。
「あかねから聞いた」
「あ、そ」
「ふったって」
私は素っ気ない答えに返ってきた言葉に振り返った。
そうか、あの娘……。
「そう」
「わかってたのか?」
「それはあの娘の制服とテキスト見れば学年まで絞れるし、
 カフェの入口で先輩と話してるとこ見れば誰でもわかるわよ」
私の返答に苦笑した五月だが、スッと目を細める。
「後は祈るだけか」
「うん」
頷いて彼の肩に頭をぽんと乗せると引き寄せられた。
後は本人達の問題でしょ?  



「で?」
ビルの11階にある高級レストランで吐かれるには少々声にドスが利きすぎていたような気もする。
しかし沙紅はそんなことは気にせずワインを片手に向かい席を見やった。
「だから、この間メール返さなかったりしてゆっくり話が出来なかったから」
「それだけの理由でココまで呼び出したのか」
「オマエ恐ぇよ沙紅。だから、それだけの話じゃねぇっつーの」
半ば切れかかっている沙紅の視線をかわすように淡々と話を進めるあかねさん。
何かおかしい。
いつもなら何処出かけるにも家まで迎えに来てくれるのに今日は現地集合。
いつもなら予定があるか聞いてから誘うのに今日は強制参加。
いつもなら食事は近くのフランス料理店なのに今日は高級レストラン。
何かがおかしい。
「じゃぁもうそろそろ話してよ。それだけの話じゃない話」
沙紅がワイングラスを置いてそうお願いすると、あかねさんは水を一口含んで向き直る。
「沙紅さ、お前が中学の時将来の話少しだけしたの覚えてっか」
「……うん」
「あの時沙紅、ウェディングドレス着たいって言ってたよな」
どんどん急な展開になっていく話に何とかついていきながらも沙紅の頭の中は混乱していた。
何、何の話ししたいの?
沙紅が不思議そうに首をかしげると彼は目をそらしながら小声で呟く。
「で、着るなら6月が良いって言ったの、覚えてる?」
「っあかねさん、覚えててくれたの!?」
思わず大声で聞き返してハッと我に返った。
うゎ、恥ずかしい。
でも嬉しいよ?
嬉しいですよ。
恐る恐るあかねさんを見るとニッコリ笑っている。
「今6月なんだけど、結婚申し込んでも良い?」
……え?
今何サラッと抜かしたのこの人。
沙紅がポカンとしていると彼は苦笑して囁いた。
「オレと結婚して、沙紅」
「……ハイ、うん、ドウゾ」
「人の一世一代の大告白だから頼むからまともな返事ちょーだい」
「うん、でも、イイよ」
驚いて適当に返事をしていると何故か視界がゆがむ。
何、何!?
「あれ、泣いて……?」
沙紅がそっと自分の頬を触るとそこは確かに濡れていた。
嘘、沙紅そんなキャラじゃないよ?
沙紅自身も驚いてボーっとしていると、あかねさんが溜息をつく。
「あーまた泣くなよ。女の子に泣かれると困るんですけど沙紅さん」
本当に困ったように沙紅を見るあかねさんを見ていると自然と笑みがこぼれた。
良かった。
沙紅の願い事、あかねさんが叶えてくれそうだよ蒼夜。
……ん?
また?
「ねぇ、またってどういう事?」
「は?」
急にまた低くなった沙紅の声にビクッと肩を振るわせるあかねさん。
沙紅のスイッチが入った。
「前に泣かせた女の子がいるの?誰?吐け」
「ちょ、待ち。誤解!嘘!滑っただけ!」
慌てて弁解を始めるあかねさんとそのお店を出られたのは結局1時間後だった。
「沙紅、お前プロポーズがこんなんで良かったのか」
帰りの車でハンドルを握るあかねさんが沙紅に問いかける。
「ネタ的にはおもしろいとおもうよ」
「そう言う問題じゃないんだけどネ?」
沙紅がうとうとしながら答えるとキキッと車が止まった。
窓の外を見ればそこはあかねさんのマンション。
泊まろうかなぁ何て暢気なことを考えていると再び声をかけられる。
「沙紅、手ェ出せ」
「ん」
あかねさんは特に考えもせず差し出した右手を取らずにわざわざ左手を取ると
火照った手にひんやりとした冷たい何かを当てた。
「コレ……」
「指輪。貰い手がなかったどうしようかと思ったよ」
優しく微笑まれて手元をまじまじと見れば、そこには薬指に輝くプラチナリング。
うわぁ……。
「あかねさん、あの……」
沙紅がどうやって御礼を言ったらいいか迷っていると彼は人差し指を立てて笑う。
「続きはオレの部屋ね」
彼の手が今ゆっくりと……。  



「突然呼び出して悪かったな」
お昼休みに鳴り響いたメールの受信音。
開けてみれば学生時代からの親友からでアフターファイブのお誘い。
今日は夜勤じゃなかったので指定された時間に居酒屋へと出向いた。
「本当にな。あかね、ここまでの足は?」
ガタッと席に腰を下ろして呼びかけに答えればビールを注文して返される。
「電車。帰りもそのつもりだから飲むぞ」
「了解。俺も電車にするか」
ジョッキを受け取ってあおると梅雨の湿っぽさが一気に吹き飛んだ。
仕事などのたわいのない話もそこそこに切り出す。
「で、今日は何だ?どうせただの飲み会じゃないんだろう」
俺の問に顔を上げたあかねはニヤッと笑った。
「相変わらずだな。お察しの通り人生相談ッスよ」
俺が首を傾げると彼は珍しく神妙な面もちで問いかける。
「なぁ。どうやって結婚決めた?」
「は?どうやってってプロポーズしてに決まってるだろう」
何事かと思えば随分な質問で俺は笑って答えた。
しかし彼は続ける。
「そうじゃなくて。理由っていうの?何で今結婚したいのかっつーかさぁ」
「あ、そう言う意味。……何でだろうな」
今年の春に交際10年の恋人を自分の名字に変えて既に新婚生活を送っている俺は
色々と言葉をまとめながら腕を組んだ。
何でって言われてもね。
「そう言うこと聞いてくるって事は、沙紅ちゃんと結婚する気あるんだね」
「まぁな。でも何となく切り出せないと言いますか、向こうも何か考えてると言いますか。
 ホラ、今だってしょっちゅうオレんち泊まってるわけだし、
 飯も一緒に食うこと多いから結婚して何が変わるんだろうなって思ってさ」
ジョッキに残ったビールを一気に流し込んで呟くあかね。
俺は出来上がりつつある言葉をゆっくり口にする。
「俺は前々から大学卒業したらプロポーズしようと思ってたから。
 勿論式は蒼夜が卒業するまで待つつもりだったから婚約しただけなんだけど。
 何が変わたって俺は色々変わったけどね。
 元々忙しかったから週末しか会えなかったのが毎日顔見られるし、
 蒼夜が仕事がない時は家にいてくれるし」
「そんなもん?」
「まぁこれは立て前か。結婚なんて好きだと思った瞬間にプロポーズしちゃえば良いんじゃないの?」
俺がサラッと結論を言えばポカンと開く口。
「は?」
「だって今話した何が変わったかとかっていうのは結局副産物なわけで、
 一緒にいるからそうなったって事だろ。愛してるから結婚するんです。
 別に好きだから結婚とか単純な結論に行き着くつもりはないし、
 それで良いならそのままでも良いんじゃない?」
スラスラと俺様論を吐きながらクスッと笑った。
「ただ、最愛の人のウェディングドレス姿は拝んでおきたいだろう?」
「へ!?」
俺の言葉に間抜けな相づちを入れていたあかねがカァッと顔を赤くする。
俺はそれを見て息を吐くと呟いた。
「結婚しただけで全てが変わるなんて有り得ない。
 でも全てが変わっても良いと思う程に俺は彼女に惚れてたよ。今もね」
俺は肩を竦めてレジへ向かうと2人分の会計を済ませる。
あかねが驚いてこちらを見た。
「え、奢り?呼び出したのオレなのに」
ガラッと引き戸を開けて店を出る直前に口角を上げる。
「結婚祝い。御祝儀から差し引いといてやるよ」
冷たい夜風にさらされて俺の茶髪が靡いた。
さぁ。あれで何が変わるか……。  




+++++
亜咲様!この度はこんな無駄に長いお話を掲載して下さって有難う御座いました!!
個人的に一番愛着を持っているかも知れない作品なので、
もらって頂けて本当に嬉しいです!!

2sideにわけてお送りしてきたわけですが、一応各話毎にテーマがあったりとかします。
1話目。喫茶店でお茶をしつつお互いを認識。
2話目。どちらも蒼夜ちゃんに相談。蒼夜ちゃんは繋がりに気付く。
3話目。あかねさんに一斉攻撃。
4話目。知られざる裏舞台(何)
こんな感じです。

更に題名の由来もドカン。
Get!→有亜ちゃんがあかねさんをゲットしたい。
Got!→あかねさんが沙紅ちゃんを随分前にゲット済み。
Gotten!→沙紅ちゃんが今回あかねさんにゲットされる(ゑ)
とゆわけです。
頑張ってはいたのですが、割と痛い方向に話が進んだ気がします(爆)
あかねさん、両話のある意味鍵となる人物のくせに扱いがしどい。
沙紅ちゃんに尻にひかれそうです。
むしろ既にひかれてます。
自分の中で五月さんと蒼夜ちゃんは、
五月さんが押せ押せで最後に蒼夜ちゃんが折れるイメィジがあるのですが、
あかねさんはあゆポジションなのでついネ(ついて貴方)
良いんです、幸せボケするから(ゑ)

というわけで本当に長きに渡りお読み頂き有り難う御座いました。
個人的に矢渡君が好きです(聞いてねぇ)





********************

ありがとうございました。
もう遠慮という言葉を完全に忘れて、二作品目になります・・・
本当にありがとうございました!