大切にすると、守り抜くと誓って手中に収めた一羽の小鳥。
いくつかの季節が過ぎて、小鳥は飛ぶ事を覚えた。
大空に舞うその美しさと心のどこかの虚しさ。
揺れる天秤はどちらに傾くであろうか。
+エゴイスティック+
とあるマンションの一室、そこで繰り広げられていたのは犬も食わない痴話喧嘩、ではなかった。
「だから大丈夫だって言ってんだろ」
「そんな潤んだ眼で通用すると思ってんのかアホ」
「別に大した事じゃねぇ、良いから早く用意しろ」
「高熱出しといて大した事じゃなかったら何が大した事だっつーのよ」
「商談失敗」
「この仕事人間が!愛しい妻のお願いも聞けないのか」
「俺の嫁は朝っぱらから夫に馬乗りになるような女じゃねえ」
「貴方が起きようとするからでしょ!」
「朝に起きて何が悪い」
「病人はベッドから出ちゃいけないの!」
「ごちゃごちゃうるせぇ、とにかく俺は行くからな」
「……こうなったら私が行くわ、その商談!!」
「はぁ?」
つまり、跡部家総帥が風邪をひいたらしい。
そしてその妻が代わって仕事に出ようとしていたのだった。
「お前、生徒会の代理とは違うんだぞ!何考えてんだ!」
彼女は自分を押し退けてでも起きようとする彼を羽交い絞めにする。
「秘書として今回の商談についての対応はそれなりに考えているつもり。
こんな体で仕事に行かせられるものですか。
私が行って話にならないと言われたら貴方の欠席を詫びてきます。
貴方の体調不良は私の責任だから」
落ち着いた声音で告げる彼女に跡部は一瞬表情を和らげたが、
すぐにまた冷ややかな光を宿した瞳で語った。
「お前のせいじゃない。だがお前を出すわけにはいかない」
「いいえ、謝るだけでもしてきます。貴方は寝てて下さい」
「寝てられっか」
「寝てろっつってんだろこのアホ息子」
不意に響いた第三者の声に跡部は目を丸くする。
「お袋!!何やってんだマジで」
そこにいたのは紛れもなく彼の母親で、彼女は彼を見据えると呆れたように返した。
「言う事を聞かない馬鹿息子を叱りに来たのよ」
「それじゃぁお義母様、宜しくお願いします」
「任せなさい、熱が下がるまでは縛りつけてでもこの子をいかせないから。
怜奈ちゃん、気を付けていってらっしゃい」
「はいお義母様、いってきます。景吾、ちゃんと休んで早く元気になってね」
息子への対応とはうってかわって嫁を笑顔で送り出す彼女に
跡部は額に手を当てて溜め息を吐く。
「なんで来てんだマジで……」
「アンタが風邪引いたって怜奈ちゃんから電話貰ったの。
自分は仕事に出るから看病頼めませんかって」
「ガキじゃねぇんだぞ、大丈夫だっつーんだよ」
「それだけアンタが心配なのよ。いいじゃない、いくつになっても私の息子でしょ」
「ふざけんなよ、ったく勝手に俺の指示無視して動きやがって」
「総帥のアンタが具合い悪いからこそ秘書の怜奈ちゃんが走り回ってるんじゃないの。
……それくらい、アンタだってわかってるでしょうに」
「……あぁ」
「それとも、彼女が自分の目の届く範囲を抜け出たことがそんなに寂しい?」
「……はぁ?」
「認めちゃいなさいな。その上で、どうするのか決めればいいわ」
珍しくフワリと笑って囁いた母親に跡部は暫く考え込む素振りを見せた。
彼女の言っていることは理解しているつもりだ。
やがて彼は枕元に電源を切られて置かれていた携帯に手を伸ばすと
オンにしてかけなれた電話番号を呼び出した。
「……あ、もしもし?俺だ、久しぶりだな」
「それでは後のことはお願いします」
「お気を付けていってらっしゃいませ、怜奈さん」
時計の針が正午を回り約束の時間が近付いてきたため、
本社で打ち合わせをしていた怜奈は残りを他の社員に任せて
もう一人の秘書と共に車を走らせた。
目的地は商談の会場、跡部の傘下のホテルである。
今回の件はスポンサー契約の続行についてなのでそれほど新しい事は必要ないのだが、
初めて彼なしで挑むというだけあって鼓動は速まる一方だった。
彼と結婚する前から秘書として彼の仕事を支えてきた彼女も
今は結婚して事務的なサポートはもう一人の秘書に任せている。
不安要素がないわけでもなかった。
ただ、それを理由に引くわけにはいかない。
「頑張るわよー怜奈!!」
「気合い入れるのはいいですけど、心の中でやって下さいよ怜奈さん」
「あ、すいません!」
一人意気込む彼女を見やって秘書は盛大な溜め息を吐く。
「それではこちら以外の詳しい資料は後日マネージャーさんを通してお渡しする形になります」
「わかりました、宜しくお願いします」
怜奈が気合を入れただけあったのか、それとももう一人の秘書の腕が良かったのか、
商談は想像以上に難なく事が運ばれてしまった。
先方は契約の続行を快く受け入れてくれ、
本来ここにいるはずであった総帥の欠席についても怒るどころか彼の身を案じてくれたのだ。
怜奈は書類を一通りそろえて立ち上がった。
向かいに座っていた彼もソファーから腰を上げる。
スポーツ選手らしい無駄のない、しかし柔らかな動きは
学生時代彼と同じくテニスをやっていた彼女の夫を彷彿させた。
そういえば彼と夫は同い年で、彼の出身校は知り合いの若手カメラマンと一緒ではなかったか。
もしかして応援に行った会場で擦れ違うくらいはしたかもしれないと頭の片隅で思いながら
怜奈は彼に向き直った。
「こちらこそこれからも宜しくお願い致します。本日はどうもありがとうございました」
「跡部総帥に宜しくお伝え下さい。早くお元気になるといいですね」
「はい、手塚さんにもご迷惑をお掛けしてしまいまして」
「とんでもない、代理でいらして下さったのが有能な奥様でよかったです。
貴女を信用しているから彼も貴女にこの商談を託したのでしょう」
「……そうでしょうか」
「そういう人間ですよ、彼は」
「……あの、もしかして主人とは仕事以外でお知り合いですか?」
彼女の何気ない問に彼は一瞬その眼鏡の奥の瞳を細める。
「知り合いも何も、彼とは――」
と、ここで不意に彼の携帯が震えた。
彼は話を中断すると怜奈に一言断って電話に出る。
「俺だ、……あぁ、今終わった。……別に問題ない。
それよりそっちはどうなんだ、……ならいいが。
……そんなに元気なら顔を見せたらどうだ、……わかった、あぁ。それじゃぁ、また」
あっという間に会話を終えると携帯をスーツのポケットにしまった彼が
すまなそうに怜奈を見やった。
「話を中断させてしまって申し訳ない」
「いいえ、またすぐにアメリカに行ってしまわれるからお忙しいんでしょう?」
「そうでもないんですよ、今回の滞在は比較的長いですから」
2人は部屋を出てエレベーターに乗り込む。
階数を表示するライトがゆっくりと移り変わっていくのを見ながら
彼はそういえば、と続けた。
「先程の質問については跡部本人に伺ってください。
余計な事を言うとまた怒られますし、その方が早いでしょう」
「え……?」
彼の奇妙な答えの意味を聞くよりも早く、エレベーターのドアが開く。
反射的に外の世界へ目を向けると、そこにいたのは――
「よう、仕事は順調か?」
「け、景吾?何でいるの?……っていうか熱は!!」
そこにいたのは家で寝ているはずの夫で、
怜奈は驚きのあまり仕事中であることも忘れて駆け寄った。
「下がった。で?どうだったんだよ、商談は」
「あ!」
彼に尋ねられて自分の立場を思い出す。
勢い良く振り返った先にいた彼、手塚国光が2人に近づいてきた。
「確か、お前は風邪は引かない部類の人間だと思っていたのだが?」
「……どういう意味だテメェ」
「そのままの意味だ」
開口一番険悪なムードが漂ったが、
それ以前にこの2人が完璧に顔見知りであることに怜奈は瞳を丸くした。
「あぁ、……お元気そうで何よりです、跡部総帥」
「思い出した様に思ってもねぇこと言うんじゃねぇ!
っていうか今し方風邪引いたっつったろーがよ!!」
「一応スポンサー契約させてもらっている身分だ、挨拶くらい当然だろう」
「しっかり頼むぜ、人気絶頂のプロテニスプレイヤーさん」
「学生時代のお前には負けるさ」
「嘘こけ、お前だって試合の度に黄色い声援浴びてたじゃねぇかよ」
どうやら2人は学生時代からの友人で、しかも頻繁に大会で顔を合わせていたらしい。
擦れ違う所の話ではなかったのかもしれないと怜奈はこっそり思った。
「……まぁ、本当に元気そうで何よりだ」
「お前もな。また飲み行こうぜ」
「今回は滞在が長い、いつでも誘え」
それだけ言うと、手塚はまた歩き出そうとして
不意に跡部だけに聞こえるよに小声で呟く。
「今日の商談はとても良かった、有能な妻を持ったな。
……朝一で電話してくるくらいには、心配だったんだろう?」
実は跡部は今朝怜奈が出掛けた後すぐに彼に連絡を取り、
自分の不在に対する謝罪と妻が代理で行く旨を予め伝えておいたのだった。
心なしか愉しそうに遠ざかっていく手塚の背中を見つめて跡部は溜息を吐く。
「景吾……?」
心配そうに自分を見つめる彼女の髪をそっと撫でると微笑んだ。
「ご苦労だったな、上出来だ」
「……本当?」
「本当だ、怜奈がいてくれて良かった」
誰に言われなくともわかっていた。
本当はただ、自分の腕の中から彼女が抜け出してしまうのが怖かっただけだということを。
それが自分のつまらなくも、最大のエゴであるということを。
「景吾、ありがとう。私、これからも頑張るから……!」
「あー、泣くな。お前が泣くと俺がお袋と親父にどやされる」
それでも守りたいと思ってしまうのは、一方的な束縛だろうか。
「……それに、俺がお前を守るって言っただろうが。
だから泣くんじゃねぇよ、俺のために笑ってろ」
揺れる天秤は静かに傾いた。
美しさでも虚しさでもなく、ただ彼女のいる方へと。
結局どちらも捨てきれず
ならばどちらも守ってみせようと心に決めた。
ただ守られているだけの存在である事をよしとしない彼女と
愛する人の自由も心も全てを守ると決めた彼の
矛盾した愛のエゴイスティック。
end
こちらの作品は2222HITを踏んで下さいました椎葉紗恭様に捧げます。
3333HITキリリクの続編という形になってしまったのは
手違いでリク未消化のままだったからです、本当にすいません!orz
出来たら跡部の両親も出演希望という事でしたので
今回は母上様に出張って頂きました(笑)
しかし絡みの大半はゲスト出演の手塚さんに持っていかれるという
いつものパターンで大変申し訳ないです。
当初は大学病院に勤める関西弁眼鏡のお医者様が登場予定でした(痛)
椎葉様、どうもありがとうございました。
2006.06.08.
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ふじこ!!(略か
何かもうね、もう・・いいよ!!(意味不
結局何にせよちょちょいと眼鏡が登場されるという
ステキ王道パターン(何や
・・・グフグフ言っててすみまそん。
もう・・・だみだあたしゃぁ。
いつもこんなてんしょんです。
こんな旦那様イイネ!!
頑張っちゃう嫁もイイネ!!
マミーもダイスキだぉ・・・
何もいえません。もう・・頂きました(ペロリと
もーぅ本当に有難う御座いましたぁぁぁ!!!!!