隣にいてくれるだけでいい。
声を聴かせてくれるだけでいい。
笑顔を見せてくれるだけでいい。


ただそれだけで愛しい。




 +ドラマティック+




とある企業主催の企画会のパーティー会場。
企業の傘下や提携先の関係者で、企画にあたってのスポンサーや各界の著名人等
幅広いジャンルの参加者で溢れる中の一角。
そこにグラスを片手に集まっていた業界人たちは
世間話とも言える噂を肴にワインを楽しんでいた。
「それにしても、この会場には一体どれだけの方がお集まりなんでしょうな」
「さあ、想像もつきませんな」
「しかしこれだけの人脈ならば今度の企画も後押しのしがいがあるというもの」
「全くです。噂によるとあの跡部の御曹司もきているとか」
「跡部の?確か先日正式に世代交代したと聞いたが」
「いくら学生時代からその才能を見せていたとはいえ、
 まだ20代の総帥とは先代もとんだ博打をなさる」
「本当ですな。いや、実はうちの娘が同じくらいの歳なので
 見合い話を持ち掛けてみたんですがね、顔も見ずに断られまして」
「そんな勿体無い!彼も後々になってお嬢さんのお顔を拝見して後悔したことでしょうな」
「いやいや、今となってはこちらとしては断っていただいて好都合ですよ。
 やはり、嫁がせるならば将来性のある男が良いでしょう」
「しかし、跡部グループの勢いは止まるどころか拡大する一方ですぞ。
 大規模な吸収合併は控えているようですが業績は確実に伸びている」
「まぁ、どこまで出来るかお手並拝見ということで」
「そういうことですな」
自分達の子供と同じ年代でありながら企業成績は肩を並べるどころか上を行く跡部の若き総帥。
彼らにとってその存在は面白くないが企業家としては繋がりを作りたいところである。
「そういえば今日は奥方はどうしました?」
「あれなら向こうで他の女性と話をしていますよ、全く。
 妻ならそれらしく静かに付いて来ていればいいものを」
「まぁまぁ、お陰で私達はこうして男だけで本音で語り合えるわけですから」
「それもそうですな、妻の目を気にする事無く美人の物色が出来る」
「また上手い事を仰る」
「しかし今夜は美人が多い。ほとんどが何方かの奥方というのが惜しい所ですが」
「あちらの壁際の女性なんかどうです。静かで凛とした姿が美しい」
「いやはや、実に麗しい方だ。それにまだお若いですな、何方かのご令嬢でしょうか」
「しかし初めて見る顔ですよ、あれだけ美しければ記憶に残っておりますからな」
と、ここで話の輪の中にもう1人スーツの男が入ってきた。
「こんばんは、盛り上がってますね」
「おや、お久しぶりですな。貴方もいらしていましたか」
「この間の個展、素晴らしかったと評判ですな。おめでとうございます」
「ご贔屓にしていただいてありがとうございます」
「今丁度跡部グループの話をしていたところで。
 確かお知り合いだったでしょう」
「えぇ、先ほど総帥にお会いしまして少しお話をしてきたところです」
「やはりいらしていましたか。彼は今日はお1人で?」
「いえ、奥様をお連れと聞きましたが?」
「奥様!?彼が既婚者だとは知らなかった!」
「私もです、初めて聞きましたよ、そんな話」
「そんなに大々的に発表はなさってないようなので」
「いやー、参った!お相手はどこのご令嬢です?」
「さぁ、そこまでは」
「彼のことだ、きっと飛び切り美人の奥方なのでしょうなぁ!
 是非一度お会いしたいものだ!!」



悪かったわね、期待通りの社長令嬢じゃなくて。
壁際でパーティー会場の様子をずっと見ていた私はチラリと向こうの団体を見て心の中で呟いた。
先ほどから繰り広げられている会話は談笑中の周囲の人間ならともかく
黙っているこちらには筒抜けである。
すると団体の中の1人としっかりと目が合ってしまった。
そのまま意味深に微笑まれて曖昧に微笑み返してみるが視線は一向に外されない。
仕方なく私は彼らの元へと足を勧めた。
「お久しぶりでございます」
数歩手前で立ち止まって深々とお辞儀をするとこちらに注がれる視線。
それらを潔く無視しながら目的の人物の目を見据えると、
それは大層美しく細められている。
「久しぶりですね、貴女もいらしていたとは」
「いつも主人がお世話になっております、不二さん」
若き写真家として有名な不二は学生時代からの知り合いで、
個展などに出向いたり互いの家に招待したりという間柄であった。
私が来ていた事など知っていたくせに微塵にも感じさせない笑顔で迎えた彼に
これ以上ない愛想笑いで応えると彼はクスクスと笑いながらも輪の中に私を招き入れる。
「紹介いたしますよ、こちらは――」


「私の妻の、怜奈です」


不意に背後から質の良い低音が聴こえて、肩に体温の低い手が置かれた。
覚えがあるも何も、忘れる事は許されないあの人の。


「あ、跡部君……!」
「君の奥方だったのか……」
周囲から上がる驚きの声を余所に劇的登場の主人公は笑顔で続ける。
「どうもご無沙汰しております、妻がお世話になったようで」
「い、いや。君、結婚してたのかね」
「えぇまぁ」
愛想笑いを絶やさず自然な仕草で私の腕に納めた景吾は視線をスライドさせて不二を捕らえた。
「久しぶりだな、個展の成功おめでとう。顔出せなくて悪かった」
「あぁ、お花をありがとう。跡部の総帥直々に足を運んでもらうなんて恐れ多いな」
「お前昔っから俺パシッてたじゃねぇかよ」
「あれ、どうだっけ?」
連絡はまめに取り合っているものの顔を合わせるのは久しぶりな2人の
親しげな会話に周囲の人間は驚いてる。
方や証券会社をはじめとする大会社の総帥、方や売れっ子の人気若手カメラマン。
2人の学生時代を知らない者からすれば不思議な光景であった。
「随分と親しいようだね?」
「えぇ、幼馴染といえばそうですが、中高時代の部活も一緒だったんです。
 怜奈さんともその時に知り合ったので、よくお付き合いをさせて頂いています」
「跡部君と奥方はご学友でいらっしゃいましたか」
「中高大と一緒です」
納得したように頷いている周囲の視線が微妙に痛い。
どこかの令嬢でもない私と彼の結婚が気になるのだろう、
その視線には疑いも混じっているようだった。
すると、それに気付いていたのか景吾は私を改めて引き寄せながら落ち着いた声で切り出す。
「そういえば」
その人を惹きつける美声に皆が注目したところで、
彼はフッと口角を上げてゆっくりと告げた。
「色々とお気遣いをありがたいのですが、
 妻とは高校時代からのれっきとした恋愛結婚です」
余計な詮索はしないで頂きたい、と言外に匂わせて
「それでは、また後ほど」
と私の腕を取って歩き出してしまう景吾。
その相変わらずの強引さに思わず溜息が零れたが、
それでも何故か嬉しさばかりがこみ上げてくる。
「怜奈、ちょっとこっち来い」
小声で囁かれて連れ出されたのは風通しのよいテラスで、
夜景と美しい庭園を見渡せるそこには私達以外誰もいなかった。
「……良かったの?あんな喧嘩売るみたいな事言って」
「アホ、喧嘩売ってんのはあっちの方だ。
 売られた喧嘩はきっちり買わなきゃ俺の気が済まない」
「馬鹿なこと言わないでよ、仕事で敵作ってどうするの。
 お義父様に合わせる顔がないじゃない」
「お前のことを傷つける奴は俺の敵だ。お前は黙って守られてれば良いんだよ」
テラスに肘をついた私を後ろから囲むように寄り添う景吾の体温が心地よい。
甘い声音に思わず全てを許してしまいそうになるのをなんとか思い止まった。
「妻は夫を支えなきゃいけないんだから。夫の素行が悪けりゃ張っ倒さなきゃ」
「勘弁しろよ。っていうかお前が嫌ならこういう場には出てこなくても構わない」
本気で心配しているのであろう、良く通る真剣な声に私はそっと微笑む。
私をこんなにも大切にしてくれる、それだけで私は十分だから。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど大丈夫。景吾が一緒だからね」
「……そうか、ならいい」
彼からは見えないだろうがふわりと笑った私の頬を撫でて景吾は続けた。
「俺はな、お前がいてくれるだけで幸せなんだ。
 お前の家柄と結婚したわけじゃない、お前自身と恋愛して結婚したんだ。
 お前のお陰で俺は安心して仕事が出来て、
 家に帰れば疲れも癒されて、殺風景な毎日が潤う。
 怜奈が傍にいてくれれば、俺はそれだけでいい」
まるで神前で捧げる誓いのようなそれは普段あまり本音を言わない彼の正直な告白で、
私は涙で視界がぼやけそうになる。
こんな何でもない場所で前触れもなく訪れた幸せに、
彼と結婚して本当に良かったと心から思った。
「景吾、ありがとう。結婚してくれてありがとう」
星空を見上げながら小さく呟いた私の頭をわかったとでも言うように
優しく撫でた彼は最後に後ろから頬にキスを落としてそっと離れる。
遠くなる体温を一瞬不安に思ったが
振り向くとそこには私に腕を差し出して笑う景吾がいた。
手を伸ばせば届く距離にいてくれる存在。
「ほら、行くぞ」
「ちょっと待ってよ」
「グズグズすんな、このグズ」
「なによ、誰が三食作ってやってると思ってるの!」
「こないだ朝寝過ごして二食にしたのは誰だよ……」
「うっさい!」

私はこの先ずっと、この人の隣で生きていこう。



隣にいてくれるだけでいい。
声を聴かせてくれるだけでいい。
笑顔を見せてくれるだけでいい。
もう少し甘えてくれればなおいいし、
可愛いげが足りないと思うときも多々あるが、
彼女に対する愛しさは変わらない。


愛すべきただ一人の存在。
彼女に誓う永遠のドラマティック。



 end






 こちらは3333HITを踏んでくださった椎葉紗恭様に捧げます。

 リクエストを頂いてすぐに勢いで書き始めたんですが

 こんな感じでよろしかったでしょうか……!!(震)

 不二さんと幼馴染設定とかもうかなり趣味なんですが!(アホ)

 すいません、甘々ということだったので

 若き総帥の恋愛結婚について語ってみました。

 椎葉様、どうもありがとうございました。

 2006.03.23.

 

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くぁwせdrftgyふじこlp!!!!
ありがトントン汐乃嬢♪
いやぁね、旦那様はお優しいのよ。
・・・クチから角砂糖が出そうだ(危
今やっとおガッコから帰って参りましたのでupらせて頂きました☆ミ

これからも宜しくお願い致します!!