蝶々






「アッ・・・ぅん・・」
男の手が、佐良の肌を滑る。
絹のようなすべらかな白い肌が、赤みを増していく。
酒の所為でも、どこかを痛めたわけではない。
心拍数の上昇と、興奮状態にあるからだ。
「兵蔵・・さ、ま・・・・」
「佐良・・・」
色町の遊郭、今宵の三人目の客様はあの木塚藩の藩主補佐、木塚兵蔵様。
あたしは苗字すらない孤児で、名は佐良。
小さい頃に虐待されていて、その家を抜け出して。
金がすぐに底をついたため、大人相手に身体を売って生きてきた。

苦じゃ、なかった。
父親から受けていた仕打ちに比べれば。
ただ普通の行為だけで満足してくれて、お金までくれる。
あたしには、天職に思えた。

「はァ・・・っは・・へい・・・ぞ、さま・・」
「さら・・ぁッ!」
用意された畳部屋、格子窓。
そこからは折れてしまいそうな月が見える。
あんなに細くて、折れそうなのに。
なんで、あんなにも煌々と煌めいていられるのでしょう。
月と自分を重ね合わせながら、甘い誘惑に脳から蕩けていく。

「・・・・・」
布団に顔を埋め、兵蔵様が御着物をお召しになるのを音で判断する。
この、淋しい気持ち何処から来るのでしょう。
でも、あなたの御姿を見ていると、涙が零れてしまいそうだから。
あたしは必死に枕に顔を押し付けていた。
「有難う・・・御座いました」
赤い襦袢を身に巻きつけるようにして布団から出ると、三つ指でお辞儀をする。
汗が襦袢にくっ付いて、少し気持ち悪い。
朝まで共にすることは許されない。
あたしは、ただの遊女。
兵蔵様は、将来有望な二十四の藩主補佐さま。
きっと、その内。
何処かの綺麗な姫君と、婚姻の儀を済まされるのでしょう。
美男美女として、有名にもなることでしょう。
才色兼備な兵蔵さまの事。
素敵な姫君と結ばれる事でしょう。
きっと、木塚のお家も、栄える事でしょう。

でも、何度になるかしら。
貴方様のお隣で、赤い襦袢でなく綺麗な御着物を纏ったあたしの夢を見るのは。
貴方様に微笑みかけていただき、柔らかな笑みを返すあたし。
でも、夢の中では、あたしではなく綺麗な姫君。

「佐良・・・・俺は」
兵蔵様が何かを仰ろうとして、俯く。
「兵蔵さま?」
「・・・何でも無い。また、来る」
またって、いつですか。
そう聞きそうになった自分を叱咤して、客用の笑顔でわらった。
「兵蔵様・・・お気をつけて」
「ああ・・」

きっと、今宵はよく眠れるでしょう。
もう、お仕事は終わりの時間を告げている。
兵蔵さまが残してくださった温もりの中で眠れる。

きっと、今宵も見るでしょう。
貴方様の妻となれた自分の幸せな姿を見れる夢を。




「さ〜ら!何浮かない顔してンのよ」
「あ・・奈都姉さん」
奈都姉さんは実際の姉ではない。
身売りをしていたときに、お金がもらえなかったり騙されたりしていて。
どうせ売るならと、年齢的に駄目と分かりながらも遊郭へ頼み込んだ。
どうしてもと言うあたしをなだめ、掃除など家事全般をさせてくれるよう
計らってくれたのが奈都姉さんだ。
そんなあたしは十五になり、見合いの話を断って遊女になった。
それから三年、あたしは今十八になる。
ちなみに奈都姉さんは二十一だ。
「昨日のお相手、あの兵蔵さまだったんでしょ?良かったじゃない」
「・・・・・・」
「にしても、あれだけ誘われながらも貴女だけを指名する兵蔵さまも何だかね。
遊女の中には、お金払ってでも!って言っている子もいるらしいわよ」
「・・・・・・」
「佐良、最初にアタシが言った事覚えてるね?」
「・・・遊女は、客さまに愛を抱いてはいけない。愛されたいとも思ってはいけない」
「・・佐良、辛い思いすんのはあんただよ」
「・・・・分かってます」
姉さんをいくら尊敬していようと、この思いは変えられないのです。

「兵蔵さまァ〜」
「今日こそは私めと」
「何よ!今日はアタシですわよね、兵蔵さまァ」
きゃぁきゃぁと騒がれる中、顔立ちの整ったお方が歩いておられる。
兵蔵さまだ。
「佐良」
「はい」
誰にでも同じように、逞しい腕にお縋りさせて頂く。
そしてまた、あの畳部屋へ赴く。

「・・・・っぁ」
今日もまた、他の客さまと同じよう、ただただ声を出すばかり。
でも、何故か感情が違う。
「愛して・・・る」
言ってはいけない、言葉が出てしまった。
アイシテル
「佐良・・・」
兵蔵さまの腕の中に居られる時間はほんの一刻ばかり。

その一刻の残酷な逢瀬は、今日も繰り返される。

アイシテルの言葉が言えずに、今日もまた。

貴方の温もりに包まれ、一夜を過ごさせていただくのです。

首筋と鎖骨の朱い華は、兵蔵さまが消してくださったから。









いつだろう、男に抱かれるのが厭になったのは・・・

兵蔵さま以外の男に。



END??

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遊女ネタが書きたかったの。
佐良はさら、と読みます。
兵蔵はへいぞう、と読みます。
いや、自分が読めなさそうなので(殴

これって裏だよなぁ。(しみじみ/叩
遊女って言葉の意味わかんない子いるもんね。
色町とか遊郭とか分かるかしら(冷汗

ありがちなネタだけど・・・
でも、遊女なのに高貴な方を愛してしまった女の子。
そんなネタが書きたかったんです。
思い立って書いたらものの一時間で構想から全部できました。
遊郭ネタ書き慣れないとなァ。

どんだけ直接的な言葉を使わずに書くか苦労したじぇー・・


20050510