そう、百年分の愛をぎゅっとつめたような。
そう、一瞬で幸せのど真ん中に放たれるような。
そう、もっともっとダイスキを濃くしてくれるような。
そんな、愛の言葉。
永久就職。
バイトが終わり、みんな帰った。
あとはあたしと藍田の二人だけ。
そんな、少し汚れたロッカールーム。
「・・藍田」
「ぁんだよ」
全国何百店舗という大型カフェテリア。
店内はオレンジや黄色といった明るい色で配色。
廉価で美味しいデザートや軽食が取れるという口コミや噂で
女子中学生や女子高生、そして同じくらいの年の女子大生。
この季節、梅雨に人気の「梅パフェ」を食しながら。
あたし、こと野上さよ22歳は、同期アルバイターの藍田に話しかけた。
仕事後の一杯はたまらない。
「あいだー・・」
「だから、何だよ」
「んー・・・何でもなぁぃ・・・」
大学にやっとの思いで入った。
入学して、全てに目を輝かせていた。
そして、つい昨日やっと大学四年になった、そんな気分。
気づいたら今はもう卒業間近。
一年以上続けた就職活動もどうなることやら。
つい最近受けた沢山の面接、その連絡待ち。
ああ、あそこはこう答えるべきだった。
ああ、あれはよかったよね・・・
思い出して一喜一憂しながら、パフェを口に運ぶ。
高校二年生から続けたこのバイトももう終わり。
ずっと変わらない可愛い制服。
カッターシャツに大きめの暖色オレンジ系のリボン。
スカートもベストも綿で、これはピンク。
髪をくくるリボンもオレンジ、これは自前。
冬はベージュっぽくなるんだよね。
それも凄い可愛くて・・・
ずっと変わらない店長に、代わる代わるの先輩。
いつのまにか、新入りから先輩になっちゃった。
一番奥から二番目になった自分のロッカー。
プリクラだとか、キャラクターシ−ルの貼ってあるロッカー。
六歳の違いが大きく感じた。
あたしが高校生のときに小学生だったのか・・
じゃぁあたしが社会にでるのも無理はない。
面接受かるといいな、けど受からない方が・・・
考えがぐるぐるまわるのは、目の前の藍田のせいだ。
藍田春人、23歳。
あたしが通う東正大の近くの秀黎大の四年生。
一年留年でも、あの名門秀黎大に合格。
でも、俗に言う「今風の若者」をそのまま絵に描いたような男。
カルいし、女好き。
携帯のメモリーはフル、更にその8割は女。
なんで1000件入るのにフルに出来るんだろうか。
勿論、名前も片仮名で、名前しか知らない女も大勢。
服装も茶髪にワックス、シルバーアクセもジャラジャラと。
考えは結構・・かなり「ガキ」で、ヤンチャで、カッコつけ。
でも気を使わなくてよくて。
頼れるか、ってきかれたら・・まさか。
頼れなくはないけど、だってチャラいんだもの。
そんで、女が寄って集るくらい顔は良い。
口は悪いけど、結局は人を放っておけない優しい奴。
そんなところも全部好きでした・・好き、です・・・?
「あ、そういやお前就職決まったの?」
「まだー・・連絡待ち」
「あそ。でも野上受かんじゃね?
俺と違って真面目そーだから、上司のお気に居るべ」
「お気に・・ああ、お気に入りになるって事か」
ロッカールームのパイプイスに腰掛ける、正面の藍田。
スナック菓子をぱくつきながら、
肘をつきながらもあたしの話を聞いている。
「スケベな上司にセクハラされんなよ」
「うん・・でも、永久就職しちゃうかもー・・・」
梅クリームに舌鼓を打ちつつ、
あたしはロッカールームの鉄パイプテーブルに首を任せた。
少し背を曲げて、藍田は見ずにパフェのグラスを見る。
その距離、ほんの十センチ。
何でか知らないけど、言おうとしたらドキドキした。
しちゃいけないことをしているようで、ハラハラする。
対する藍田は直ぐにピンと来たらしい。
「なに、お前にプロポーズなんてするオトコがいんの?」
お得意の憎まれ口を叩いて下さった。
何よ、心配してくれたって良いじゃない。
妬いて欲しいなんて思っていた自分と対面する。
何考えてんだよバカ、目の前にいるのはチャラ男だぞ。
さよ、しっかりしなさい。
自分を叱咤し、首を上げるとパフェをスプーンですくった。
「いるみたいねー・・」
自分のロッカーを見遣った。
あの中には、あの奇特な人がくれたリングが入ってる。
『今すぐじゃなくていいんだ。
一週間後に、返事を聞かせて欲しい』
その場で言いよどんだあたしに、彼は焦って言った。
落ち着き払っているはずの彼の焦り顔、初めてみた。
そんな彼は稲場さん、27歳。
向坂第一中学校、向坂第一高校と併設された市立高校に通ってたあたし。
そのときの、先輩。
あたしが小学校一年生のときに、五年生だった人。
もちろんあたしが中一のときは彼は高二で。
あたしが大学に入る頃には、もう立派に社会人になってた。
いつも「オトナ」で「手の届かない存在」。
現在は自動車からIT、食品に至るまで
総合的に色んなものをやっている会社の何とか部部長さん。
異例のスピード出世、エリート組と言われる将来有望株。
でも威張ってなくて、いつも微笑んでいる。
話す人を心から暖かく包んでくれる人、そんなひと。
銀のフレームの細い眼鏡がよく似合っている。
いかにも「デキマス」タイプの男性。
こんなひとって実在するんだな、って思うほど素敵なひと。
しかも優しいのに決断力はあるし、しかも強い。
精神力も強いのに、肉体的にも強くて頼りになるひと。
そんな人に、「人生の伴侶として」選ばれるなんて。
今日の夕飯どうしようとか、あのクッション買っちゃおうかなとか。
あとは、今週末のコンパどの服で行こうかとか。
せいぜい、パーマかけようかかけまいかくらい。
そんなちっこい選択肢しか持たないあたしに、結婚なんて。
しかも猶予は一週間。
「どんなやつ」
いきなり藍田が聞いてきた。
興味もってくれたのかな、と思うがそうでも無さそう。
肘をついたまま、携帯で時間を確認した。
電車の時間見てるのかな。
そう思いつつも質問に答えた。
「身長180近くて、スマートで知的で。
優しくて紳士でオトナの某企業の部長さん」
勿論だけど、いい所しか出てこない。
悪い癖もあるけど、藍田には言うべきじゃないと思った。
むしろ、心配してくれなかったから。
だから、わざと稲場さんのいいところ尽くしで言ってやった。
でも、藍田はつまらなそうに。
「ジジイか」
「違うわよ、来月27歳になるの」
携帯をいじりながらでも、話はちゃんと聞いてる。
でも分かってるよ、つまんないんでしょ?こんな話。
だって沈黙が続くと、藍田は絶対携帯を触る。
焦ってたり、機嫌が悪い時、つまんない時は触る。
どうだ、伊達に五年間一緒にいるわけじゃないだろ。
「なんでまたそんな凄いメンズと出逢えたわけ?
お前みたいなちんちくりんのペチャパイ女に・・・詐欺じゃねーの」
「・・あんた最低。稲場さんはおねーちゃんの友達よ。
あたしとお姉ちゃんは全部同じ学校行ってるから、先輩でもあるの。
まあ、幼馴染までとは行かないけど馴染み」
高校時代のはなし。
空手部主将の稲場さんと副将のお姉ちゃん。
同じ目標に向かって昼夜努力してきたんだろう。
休み返上で、でも楽しそうに出かけるお姉ちゃんを見送った。
そんなあたしは帰宅部だった。
何で辛い練習なのに、楽しそうなんだろう。
一つの理由はもちろん部活が楽しかったからなんだろうけど、
今なら分かる。
お姉ちゃんと稲場さんは高校時代付き合っていたんだ。
きっと強い絆で結ばれてる、結ばれてたのかな。
お姉ちゃんは何も言ってくれないけど、間違いない。
そしてきっと、お姉ちゃんがまだ彼を好きだということも。
「ああ、姉キの元彼ね」
「そういうチャラい言い方しないで」
確かに最初の出会いはそうだけど。
偶然にこの前再会してから何回か会った。
グループで飲みに行ったりもしたし、色々と付き合った。
もともとあたしは稲場さんの良いトコ悪いトコ結構知ってるし、
逆に稲場さんもあたしの性格知り尽くしてるだろうと思う。
ちっちゃいころから、みてるから。
「チャラいってなァ・・」
「チャラチャラしてんじゃない」
もっと、何か言葉があるでしょうよ。
驚いてくれるだけで良い。
幸せになれよって一言言ってくれれば諦めはつけるわ。
・・・・・でも、何で何も言ってくれないの。
期待させて、裏切るんでしょ。
あたしの考え違いかもしれない。
でも、そんな微妙な表情しないで。
「結婚なんざしたら縛られんだろーが」
「幸せになれるじゃない」
絶対、藍田が生きているのは違う世界なの。
友達の彼氏と浮気したとか、親友ととか、そういう。
裏切りも裏切られも普通の世界っていう、そんなの。
チャラチャラして、本当の愛だ何ていいながら・・
裏切るんでしょ、笑顔で。
悪いなんて思わずに、寝る事だってできるんでしょ?
そんな薄っぺらい恋愛はしたくない。
「あたしは、思いっきり愛したいし愛されたい。
そんな関係じゃなきゃ嫌なの・・もうチャラ男は嫌」
中学時代も高校時代も、確かに彼氏はいたんだけど。
まずは「ガリ勉」と付き合って。
別れた瞬間「ストーカー」へと豹変。
次の彼は付き合った瞬間「グラビアヲタ」が表面化。
カメラで写真とか撮られました。あれはマジでヤバかった・・
年下の男はお姉さんフェチの中身アキバ系。
「アイドルヲタ」に変わり選んだ年上の男。
なんとそいつは「ロリコン」だった。
そして、トドメに「チャラ男」。
女がとにかく大好物で、遊ぶ事しか考えてない。
女はただの道具扱いで、楽しけりゃイイ。
気持ちよきゃサイコー、ああ、あと一週間は付き合ってやるよ。
女も何故かそういう男にはまるものだ。
ホストクラブ的考え方。
彼を独占したい、これにやられた。
バイト代つぎ込み、貢いで尽くして半年と十二日。
散々貯金使って、半年分のバイト代まるまる持ってかれて。
最終的には捨てられました、バカな女です。
「あー、あたしの友達の比奈分かるでしょ」
「比奈・・・横芝比奈子か」
「あの子あんたに本気みたいだから。
貢がせて尽くさせて満足してポイ!はやめてね!お先に」
強い口調で言い放つと、食べ終わった食器を手に厨房へ向かう。
ついでに鞄も引っつかんで小走りに部屋を出た。
ガタン、とイスは音を立て、食器はガチャンと揺れた。
グラスに付いたクリーム、何度スプーンですくっても取れなかった。
あたしみたいだな。
何だかんだいって、藍田への思い捨て切れてないじゃん。
何かを言いかけた藍田は口をつぐんで、後についてこなかった。
何時も二人で帰る駅までの道を、あたしは初めて一人で帰った。
「おはようございます」
次の日のシフトは朝から。
休みの子がいたので夜まで入りっぱなしだ。
しかも、藍田も一緒の時間帯だったはず。
「おはようございます、店長・・藍田は?」
「お早う、さよちゃん。あいつならロッカールームだよ」
店長は時計を見ながら言った。
「さよちゃん、着替えたら急いでね。
ついでに藍田も呼んできてくれるかな」
あたしは遅刻ギリギリで走ってきた。
なのに、持ち場についていない藍田が気になる。
そんな、藍田を気にしてる自分が嫌になった。
「はい」
返事で何とか考えを吹き飛ばす。
「やばいなぁ・・」
走ってロッカールームに駆け込むと、藍田の背中が見えた。
「藍田・・?店長が呼んでる」
「・・分かった」
珍しく黒染めした藍田がそこにいた。
眩しいばかりの茶髪は色が抑えられている。
ジャラジャラのアクセサリーも少なめだった。
――何かあったのかな・・
そう思いつつ、素早く着替えると持ち場へついた。
午前中、何だか気まずくて藍田とは話さなかった。
午後、休憩中。
携帯電話をロッカールームに忘れて取りにいく。
もしかしたら電話来てるかも・・・
会社か、稲場さんから。
ロッカールームに入ると、藍田がいた。
携帯を触っているらしく、表情も何も窺えない。
ドア一枚、部屋に入っただけで静寂な雰囲気が流れる。
何かがおかしい。
「藍田・・・?」
「俺、横芝比奈子と付き合ってもいい」
「うん・・・?」
不思議な言い回しだ。
条件をだすなら、向こうに出せばいい話じゃない。
あたしは関係ないでしょ。
そんな言葉だけが浮かんだ。
意味も分からず、藍田の背中をただ見ている。
「捨てもしない、一生縛られてやる」
「・・・・うん」
その台詞にホッとする。
比奈、うまくいくんだ。
彼女はあたしが知っている事を知らない。
人づてに聞いたのだ。
これで、比奈も幸せになれる。
・・・・も?
あたしは、稲場さんと結婚して幸せ?
稲場さんが本当にすきなの?
ぐるぐると頭の中で疑問が回った。
未だ、藍田は振り向かない。
「だから、」
「だから?」
藍田は立ち上がり、振り向いた。
「条件として抱かせろ」
「・・・・・・はぃ?」
藍田は黙っている。
そして、あたしを見据えている。
「だ、誰を」
「俺はお前と喋ってんだろーが」
抱かせろって、ちょっと何言ってんの。
頭の中で何かが弾ける焦燥感が全身を駆け巡る。
体中の毛穴から、冷や汗がどっとでる感じ。
その場に居ついて、離れられなくなった。
「えっと・・・ハグ?」
「お前頭オカシイんじゃねーの?
そこまでカマトトな訳ねーよな、さよ」
藍田は近づいてくる。
あたしは動けない。
「付き合えっつったのはテメーだろが」
藍田は見下ろす。
あたしは見上げる。
「比奈が藍田を好きだって言うから・・
あたしが上手くいくんなら、比奈にもって・・・」
頭はパンクしそうで。
何言ってるのか意味不明。
自分も、藍田も。
「俺の気持ちだの感情は抜きか?」
「違うわよ、そんな意味じゃない。
もし比奈があんたに告白でもして、
遊んで捨てたりされたら嫌だから釘刺し・・・?」
ここまで言って、何か違和感を感じた。
あたし、本当に比奈のために言った?
――比奈の事、考えてなかったじゃない。
自分が諦める為じゃないの?
――何で、そんな事しなきゃいけないの・・
・・・心配してくれなかった藍田への当てつけじゃないの?
――・・あたしは、つまり藍田が・・・・
「俺の一生縛んだぜ、友達が大切ならそれ位しろよ」
「かっ、関係ないじゃない!
比奈と藍田が付き合うのに、何であたしが」
「どーせ他人のモンになるんだろ・・?」
あまりにも切なそうな声に体が動かない。
もうあたしの中では答えは出てる。
もうとっくに出てた。
なのに、認めたくなくて。
稲場さんが好きでもないのに見得張ってた。
あたしが黙っているのを肯定と見なしたのか、藍田は手を伸ばしてきた。
「っちょ・・そんな簡単な感情で・・・やめて」
「簡単ン?」
「誰だってやれればいいなんて。
そんな感情で抱かれるような安い女にはなりたくないの」
手で押しのけてもびくともしない。
あたしは何とか身を返し、藍田との距離を離した。
「誰だっていい訳じゃねぇよ・・・ガタガタ抜かすな」
「え、どういう意味っ・・ん!?」
「結婚式には呼べよ。スピーチしてやるよ」
我儘野郎だ。
スピーチしてやるだと?
あんたはあたしの何を知ってるのよ。
たった五年間、同じアルバイトしてただけじゃない。
そりゃぁ想い出ならあるけど。
二人で花火したり、ご飯食べに行ったり、飲み比べしたり・・
楽しかったなぁ・・
一体何をスピーチされるのやら。
「こいつの処女奪ったの俺です」
そんな事言われたら式場離婚じゃない。
結婚、あたししちゃうのかな・・
そうなら、ここで藍田を拒絶するべきだ。
――できないよ。
そう思った自分が居た。
――何で?
自分に問いかけてみた。
触れている藍田の手は暖かい。
優しく、割れ物でも扱うように触れる。
・・・・・好きだから。
相手にそんな感情がなくても、拒絶できない。
「あいだ」
切なくなって、名前を呼んだ。
返事は返ってこない代わりに、質問が返って来る。
質問というより、確認のような言い口だった。
「あいつの受けるんだろ」
稲場さんの顔が浮かぶ。
「・・・受けないよ」
「は?」
「受けられないよ・・藍田ぁ・・・」
バカじゃん、あたし。
泣いちゃダメだ、と言い聞かせて精一杯笑顔。
何とか取り繕って、藍田の手から逃れた。
でもまだ藍田の腕の中にいる。
逃げようとしたらぎゅぅ、と強く抱きしめられた。
「・・・・イイヒト、だよ?人間的にはダイスキ。
あんな男の人見たことも無いし出会った事も無かった」
「じゃぁ」
「でも、愛してはいない」
「・・・・」
藍田は黙って聞いている。
あたしは何を自分が言ってるのかわかんないまま。
なんとか、精一杯。聞いてくれている藍田へ。
頭の中に浮かんだ言葉を何とか「コトバ」にしていく。
藍田の心臓がドキドキしてる。
「うん。藍田より先に出逢っていれば、きっと好きになってた」
「はっ・・・お前」
言っちゃった、これが単純な感想。
要するに、これは単なる告白。
友達と付き合えとか言っておいて、それは単なる自暴自棄。
人間ヤケになった方がいいわ、うん。
「だから断んの」
「さよ」
「だって、このまま結婚したら。
あんたにフラれたから結婚に逃げたみたいじゃない。
結局はあたしはあんたが好きで、フラれて。
運命の人探しは当分続きそーね・・・
しばらく上司のセクハラに耐えて頑張ってみるわ」
「いつ、俺がお前をフるだとか言った?」
「えーっと・・だって特定の女つくらないんでしょ?」
いつぞや、藍田が言っていた言葉。
その頃、あたしには彼氏がいた。
例のアイドルオタクの趣味が発覚する前・・
あたしが、あたしの盗撮写真とか十分の一フィギュア見つける前ね。
『何で彼女作らないの?』って聞いたら、
『女はめんどくせーから特定の女はつくらねーよ』
って言ってたはず。
それから、藍田はとっかえひっかえしてた。
「あれは過去の話だっつーの」
「過去?・・・っちょ!何再開して・・」
藍田が少し腕の力を緩めた。
離れようとしたら、出来た隙間に手が入りこむ。
「何の為に携帯変えたと思ってんだよ」
「・・・っあ、何でよ」
「どーでもいい女とは手ェ切ったんだよ」
「へ?」
「もうお前しかいらねーよ」
「・・・藍田」
「キスだろーが何だろーが・・もうお前しかいらねーよ」
「あたしも、藍田しかいらないや」
あたしは自ら藍田の背に手を回した。
結局、あの後藍田が具合が悪かったと言い訳して仕事へ。
甘い時間はほんの三分。
店長ごめんね。ちゃんと働きます。
そう誓ってフロアに入った。
「稲場さん、こんにちは」
「一昨日ぶりだね、さよちゃん」
優しい微笑み、すごい好意は持てる。
でも、そういう「好き」じゃない。
「あの・・」
そう言いつつ、バックの中の青い箱を取り出す。
その小さい箱の中には紛れもなく、指輪が入っている。
「ごめんなさい、貴方と結婚は出来ません」
きっぱりと言い切る。
そうしないと相手に、稲場さんに失礼だから。
あたしなりの誠意を示す為に、グダグダはしない。
「・・そう」
「はい」
「で、春人君だっけ。彼とはどうなったの」
「あッ、藍田ですか!?何で稲場さんが・・」
そこで稲場さんは微笑んだ。
あたしの慌てように、面白みを発見したらしい。
「そうそう、藍田春人君だよね。
彼、一昨日僕に会いにきたんだよ」
「藍田が、ですか・・」
「そう。僕に『本当にアイツを幸せに出来んのかよ』って」
「そ、それは失礼をっ・・・」
頭が真っ青になる。
あいつ、あたしに何も言わずに会いに行ったの?
しかも稲場さんに・・ある意味凄いんだけど・・・藍田。
「いやいや、いいんだ。彼、凄い真剣だったから、驚いたよ。
今時の若者が頑張って背伸びしている感じでね・・」
髪の毛を黒く染めて、シャツにネクタイしめて。
バカだからきっとそんなんしか思いつかなかったんだろうけどさ・・
「バカですよね・・」
「男は、馬鹿な方がいいんじゃない?
さよちゃんは、充分分かっていると思うけど。
きっとさよちゃんは、いい子すぎるんだよ」
「い、良い子ですか・・あたし」
いきなりの「イイコ」発言に驚くあたし。
稲場さんはコーヒーを一口飲んだ。
「うん。周りを考えて自分の行動を考えちゃうでしょ」
「・・・え、そんな事・・」
「あるよ。周りに気を使いすぎてショート気味」
そう言われて、そうかもしれないと思った。
お姉ちゃんの気持ちを知って稲場さんに遠慮する。
そして比奈の気持ちを知っているからこそ、自分の気持ちを隠そうとした。
「僕はそんなさよちゃんの充電器になりたかったんだ」
「・・稲場さん」
稲場さんは少し照れて笑った。
本当に凄い人だと思う。
包み込んでくれる優しさを持つ、完璧な人。
でもあたしが好きなのは、稲場さんじゃないの。
ガキでヤンチャで後先考えない馬鹿、藍田なんだ。
「でも君に必要なのは、そんな自分と違う藍田君だったんだよ。
悩みもしないし、行動も大胆で良い意味で「馬鹿」な彼がね」
「幸せになってね、さよちゃん」
あたしは何も言えなかった。
稲場さんに抱いていた尊敬や憧れは間違いなかった。
お兄ちゃんだったら、よかったのにな。
そう思いつつ、けたたましく鳴る携帯を取り出した。
「もしもし・・藍田?」
そしてあたしは今日も行くのだ。
あの馬鹿の元へ。
**********
数日後。
「内定決まったよ」
「おー、良かったなァ・・・」
何故かテンションが低くなる春人。
普通は喜ぶ所だ、なのに何で?
「お前が働く会社は、都内制服ランキング上位なんだよ。
しかもセクハラオヤジが多いって有名な・・」
「えぇ・・制服ランキングなんてあんの!?」
「あそこの制服可愛いんだよなー」
噛み合う様で噛み合わない会話。
でも、そんな時間が心地よい。
「あ、俺が入社すりゃぁいいのか」
「・・・・は?」
「だから、俺も受けんだよ面接!」
「本当にあんた馬鹿ね・・」
嬉しい、けど憎まれ口を叩いてしまう。
早速、鞄から履歴書を取り出して書き始める春人、可愛い。
受かるだろうな、きっと。
しつこく大学名聞いてきたもん、あの人たち。
あの名門大学出なら欲しがるはず。
「うわー、初めて大学が役立ったな」
「ふふ、やっぱり春人は春人だ」
「何だそれ」
「馬鹿ってこと」
「気張り屋」
二人で向き合い笑いあう。
幸せだ、とひしひしと感じた今日この日。
あなたと居られるのが幸せです。
fin.
++++++
はィ、こんにちは。
ご無沙汰してます、紗恭です(マテ
永久就職。これ六月ネタだったんですよ、ホントは。
マリッジブルーって言うじゃないですか。
だから本当は六月中に書き始めたんですよ。
で、今日後半完成させました。
難しいですね。うん。
で、多分またしばらく消えて、コイバナ行きます。
学生モノが書きたいッ!!
大人のビタースウィートな世界は分かんないんだよネ。
藍田 春人→あいだ はると
野上 さよ→のがみ さよ
稲場 →いなば
横芝比奈子→よこしば ひなこ
ちなみに、本当は「稲場悠太郎」さんでした。
別に名前いらなかったので削除。
今度誰かで使います。
さよのお姉ちゃんも名前出なかったしね・・
煙草嫌いな女の子ばっかり書くんだけどなんでだろーね。
紗恭が煙草ダイキライだからかなぁ・・
オマケ。
藍田と某友人Aの会話
「あー、何だ内定しちまったかー・・」
「何、彼女?」
Aは煙草をふかしながら言った。
春人は禁煙中。というか永久禁煙。
「そー。内定しちまってよ」
「よかったじゃん、喜んでやれよ」
「だってよ・・内定しなかったら就職させようと思ってたのに」
「・・・どこに」
なんとなく理解したが、Aは聞いてあげることにした。
「俺ん部屋」
+++
馬鹿だもんね、春人君。
何か不完全燃焼ぎみだな・・時間がなかったァー!!
もう三時(朝)過ぎたよオッカサン!