ふと目を覚ましたときに
あなたは傍にいてくれますか
私の髪を梳いてくれますか
私に微笑んでくれますか
私を、愛してくれますか
灰の恋
汗が背中にべたりとくっ付いている。
髪の毛も顔につっくき、不快な感覚は拭えない。
そして、先ほどから体を蝕む妙な感じ、浮遊感。
「はぁ・・・んん・・」
私は、醜態を晒すのも構わずに布団の上に寝転がっていた。
どうせ、もう予約のお方は終わり。
ご指名板も佳代姐さんが外して下さった。
目を瞑り、火照った体を冷ます。
その内眠気に誘われ、そのまま睡魔に奪われた。
「・・・・んん・・・」
寝返りをうとうとすると、誰かに当たった。
暁様が、いてくださったんだ。
名前を呼び、ことのほか重い意識をあげると、薄い茶色の髪が目に映った。
暁様の髪は、茶色じゃない・・交じりの無い艶やかな黒色だ・・・じゃぁ誰?
そうおもっている間に視界がハッキリしてきた。
と同時に唇を噛み付くように奪われる。
この、感触には覚えがあった。
冷たい瞳をした、笑顔を作っている・・
淋しそうな、辛そうな少年。
譜遊、さん。
譜遊さんの、少し悲しそうに歪んだ顔が目に映った。
・・・なんで、そんな顔をするの?
無理して笑おうとしている彼があまりにも辛そうで。
行為を行おうとする彼に逆らわず、そして抱きしめた。
浮遊さんの動きが一瞬止まる。
「無理、していますよね・・譜遊さん」
「っぁ、あなたには関係ない・・・」
首元から譜遊さんの声がした。
声は少し驚きを含み、慌てて行為を続行した。
「なんで、私ごときに構ってくれるんですか?」
「・・・構ってるわけじゃ・・・ただの性処理ですよ」
「・・・・声、震えてますよ、譜遊さん」
なおも抱きしめると、彼はやんわりと抱きしめ返してくれた。
表情は窺えない。
ただ、彼はどんどんと力を入れてくれる。
・・・何かが、満たされた気がした。
「抱くのなら、優しく抱いてください」
明日も仕事があるので、と言うと、私は体の力を抜いた。
「・・・っか、楓さん・・?」
「・・っはぃ・・?」
行為の最中、譜遊さんは私に言った。
「何故、僕を拒絶しないんですか?
僕は先日、貴女を無理矢理抱いたのに」
「・・・・ん、わ、たしに・・興味を持って・・下さった、のでしょう・・?
一瞬でも、愛して・・・下さるの、でしょう?」
私は少し体を震わせながら言った。
呼吸を整えながら、何とかそれだけ言うと譜遊さんに言ってしまった。
「譜遊・・さん、お願い、聞いてくれますか」
「・・・・なんでしょう?」
「・・・・・腕に、っお、縋りしても・・・宜しいですか?」
何度も我慢していたのに、貴方が優しそうに言うから。
彼は肯定の変わりに口付けて、動き出した。
「よごれちゃった・・んですけど」
「譜遊さん、気にしないで下さい。
私はもう、汚れてしまってますから」
私は、少し悲しそうな声を出してしまった。
後悔してももう遅い、誤魔化すように話を変えようと考えた。
布団の上、白で汚された赤い襦袢と紫の帯。
私はつとめて何でもないように振舞おうとした。
・・・彼には分かってしまったかもしれない。
「そんな・・貴女は、綺麗すぎて」
ボクニハ テガ トドカナイ
「綺麗じゃありません・・
この体を初めて汚したのは七つの時でした」
そして、私は話し出した。
「もともとは、私はお役人さまの慰安婦でした」
昔といっても、そんなに昔でもないんですが。
私は笑っていったが、彼は考え込む仕草をした。
今だって充分若いのに、これ以上前とは・・
譜遊は歳の計算をしていた。
私は続けて、語る。
「そのとき、たまたまお会いしたアキラという青年がおりました。
あ、いえ。朱雀さまとは関係ありません。
ええと・・・苗字は・・でも朱雀ではありませんでした。
確か、最近もそんな名前を聞いたような気がするんですけど・・
とにかく、もっと・・その、位の低いお家の出でした。
いつも、歳の離れた男の子と遊んでいました。
その少年がアキラの弟なのか、それとも近所の子供なのか。
もしかしたら近くの朱雀家の次男坊様だったのかもしれませんね。
暁さまでは歳があいませんし・・・今いらしたら譜遊さんくらいのお歳かもしれません。
丁度譜遊さんと同じような、サラサラの茶髪色の少年でした」
そういって、楓は譜遊の髪に触れる。
あまりに妖艶なその姿に、譜遊は一瞬魅入った。
楓はそっと髪から手を離し続けた。
「私は、アキラが大切なお役目を果たす為に出発する前夜、彼と寝ました。
彼は、子供らしくて、余裕なんてなくて、いつも突っ走ってしまうタイプでした。
振り返らずに、ただただ突進して、そしてやってしまったことを後悔するんです。
それがどうしようもなく気になって・・・
あれは、恋だったのかもしれませんね」
楓は譜遊から目を離し、独り言のように呟いた。
しかし、どこか遠くを見る楓の顔は心底楽しそうだった。
昔、淡い恋心を抱いて、身分違いで諦めたのだろう。
そして楓は、泣いているような笑顔になった。
「でも、彼に会っていない時は胸が焦げるような甘みに襲われてしまう、
そんな事は一切ありませんでした。
諦めていたんです、普通の恋をする事を。
そして体も本能的に拒絶していました。愛のある逢瀬を。
私に近寄ってくるヒトは、皆体が目当てでしたから」
楓はいつの間にか、譜遊へ視線を戻していた。
そして、楓は譜遊の顔を見たとたん焦って訂正した。
おそらくは譜遊が楓に、本人が気づかない間に
同情めいた目を向けていたのだろう。
「いえ、でも構わないんです。
私はそう生まれてしまったのですから、恨んでなんていません。
でも、その頃婚姻に憧れていて。
白無垢で素敵な旦那様にだけ体を開き
そしてそのお方に一生尽くすという人生を夢見ていたんです」
譜遊は、何か余計な事を言おうとしてしまっていた。
今更、自分はそんな事を願えるわけがない。
でもなんで、楓さんは僕にこんなことを・・・?
譜遊の頭の中でいろんなことが巡っていた。
そんな譜遊の心中を察してか、楓は溜息をのんで言った。
「多分、私は死ぬ四十位まで遊女でしょうね。
ほら、お母さんくらいの年の女性を好む方、
沢山いらっしゃるじゃないですか。
そのためには体を鍛えなければなりませんね。
贅肉のおなかなどみせられませんもの」
楓はふふ、とふざけていった。
気まずい雰囲気をどうにかしようとしたんだろう。
譜遊は呆気に取られ、少しだけわらった。
楓はいつになく饒舌だった。
譜遊は、嬉しかった。
「あ、ご・・ごめんなさい。
やだ、私ったら・・・譜遊さんに申し訳ないです」
私はきちんと正座して、頭を布団につけた。
譜遊さんにつまらない話をしてしまった。
「楓、さん」
優しい声が聞こえ、顔をあげると彼は笑っていた。
私は、あまりにも不思議すぎて首を傾げた。
「何で僕なんかに・・」
少し俯きがちに譜遊さんは言った。
今度は、私がふふっ、と笑った。
不謹慎かもしれないけれど、だっていじけたように言うから。
驚いて譜遊さんが顔をあげたので、私はまた笑ってしまう。
「・・・なんででしょうね」
「へ」
「わかんないです、私の我儘ですから」
「え・・」
そこまで言ってしまって、初めて気づいた。
私は、いけない事をしてしまったのだ。
あっけらかんと言える話ではない。
・・・我儘を言うニンギョウなど、愛していただけないのに。
「譜遊さんに、甘えてしまいました。
すみません・・・ごめんなさい」
私は怒られた犬のように縮こまった。
そして俯きつつも、譜遊さんの顔色を覗き見る。
まるで、ご主人様に許しを請うペット。
いや、人形と言った方が正しい。
「甘えても、いいんですよ」
譜遊さんの声は、優しかった。
全てを包み込む、とは違うけれど。
どこか、同じラインで接して下さるような、
そんな、声だった。
私は、嬉しかった。
そんな事をいってくださるお方がいらっしゃるなんて。
まがい物でも、体目当てでも、嘘だとしても。
譜遊さんのお言葉は、嬉しかった。
でも。
「遊女は、心の置き場を作ってはいけないんです。
あ、それと・・・」
私が差し出したのはお金だった。
譜遊さんが私を抱かれた時に、差し出されたお金。
朝、私と共に布団に包まれていた、お金。
「私にはこんな価値はありません。
それに、目的はお金じゃないんです」
「・・・・」
「愛が、欲しいんです。
誰かに愛されている実感が欲しいんです」
私はそういうと、彼を置いて部屋を出た。
RRRRRR・・・RRRR
『はい、もしもし?』
「佐菜、僕だ」
『・・また譜遊?何、何かあったの』
「雹蕪家の事を、教えて欲しいんだ」
「わかった・・・やっぱり・・」
『ん、何か言った?』
「いや、ありがとう」
RRR・・
『朱雀でございますが、どなたですか』
「雹蕪明良に六年前『お世話になった』者です。
彼は、いらっしゃいますでしょうか」
譜遊の口調には、言葉とは裏腹に感謝の意など篭もっていない。
電話口に出た、高貴そうな侍女は一瞬声を詰まらせた。
『・・っそ、そのような御方はいらっしゃいません』
「・・・では、朱雀暁に代わって下さい」
明らかに、言葉の交わしあいを楽しんでいる。
相手の弱みを握った、相手より優勢の時にある言葉遊び。
それが譜遊にとってはこれ以上ない楽しみなのだ。
・・・・ましてや、今まで自分が劣等感を感じていた相手なのだから。
『暁さまは・・今居られません・・』
侍女は、詳しい内容は知らないだろうに身構えた。
電話の向こうだってそれくらいは分かる。
声が少し上擦り、硬くなった。
「では、お帰りになられたら連絡をください」
そして、ガチャンと電話を投げた。
きっと連絡は来ないだろう。
そして、近々あの男が訪ねてくるはずだ。
私は、譜遊さんが酷く笑うのを、見ていた。
雹蕪という名に、身を固まらせながら。
******************
ええと、なんか急展開です。
朱雀暁と譜遊の関係とは。
そして、楓とアキラという青年の関係・・
雹蕪明良とは、どんな人物なのか・・・
こういう急展開、韓流ドラマっぽくて好きです。(ぇ
しかも伏線が伏せてない!!(汗
「こうしよっと」っていうのが全面に出ちゃいました。
そして、次の汐乃嬢は絶対苦労しますよね。
ゴメンナサイ・・(汗
ちなみに、「雹蕪=ひょうぶ」 と読みます。
「明良=あきら」(そのまんま
ちなみに(かなり)どーでもいいですが。
タイトルは「はいのこい」じゃなくて「かいのれん」で。
かなーりどうでもいいんですけどね?
本当は「灰の恋情」にしたかったんですけど・・
灰色の灰です。鼠色の鼠にするともはや分からん・・
鼠の恋ってどないや・・
そして、ソッチに走れなくてすみません(汗/殴
汐乃嬢、そして柘榴嬢。
本当にやっちゃいました。
後片付けお願いします(コラ
お二人もやっちゃって下さい。
・・ってか、ほんとに凄い企画になったよね...
お、お次は・・汐乃嬢です(滝汗