誰か、私を連れ去ってください 食事は三日に一回で構いません 段ボールの中でも一向に構いません 誰か、私を連れ去ってください 深い深い、奥底まで あなたが私を愛して下されば 他には何もいらないのです 私は人を愛す術は知っています 一時でも、上辺でも愛す事はできます 誰か 誰か ひとに愛されるすべを、私に教えてください 紅い痕 「・・えで・・かえで・・・・楓!」 「ふぁ・・・?」 意識が覚醒すると、目の前には姐さんのひとりが。 「楓ってば、寝るなら自分の部屋で寝なさい」 「あっ、佳代姐さん!?すいません、私・・・」 「今日は暁さまがいらっしゃったもの。 それに、指名が七回。疲れていても、誰も責めないわ」 微笑んで下さったのは、佳代姐さん。 色っぽい目線と、口元にあるほくろが特徴。 その妖艶な魅力で人気は高い。 ちょっと女王様気質のある、気の強い姐さんだ。 「あ、あきらさま?」 「あなたを今日ご指名くださった方。 絶対不変のご予約を持つ、通称『あの御方』のひとよ」 初めて名前を知りました。 あの、ぎゅうと私を抱きしめてくださるかた。 「楓、譜遊君が呼んでたわ」 「ふ・・・ゆうくん?」 「あの、会計方の子よ」 「あ、あの男の子・・」 初めて、名前を知りました。 あの、少し淋しそうな目をした男の子。 「別館の、事務まできてくれって」 「事務・・・?」 「特別手当でもでるんじゃないの? そしたら一杯、奢りなさいよ」 「えっ、ええ・・はい」 吃驚して、なんとか承知と伝えると。 姐さんは冗談よ、と微笑した。 姐さんのいってらっしゃい、の声に見送られ、私は別館へ急ぐ。 コン、コン 「はい」 「えっと、譜遊・・さんですよね」 会計方の少年、譜遊さんは驚いた顔をした。 やっぱり、行き成り名前を呼ぶのは失礼だったみたいだ。 でも、初めてちゃんと見ると、綺麗な顔をしている。 純真というか、純白、純粋・・・汚れ無き少年という雰囲気だ。 健康色よりは少しやけてはいるが、白めの肌。 大きな目に、長い睫毛に、さらさらとした髪。 私がもしあの頃汚れなければ。 きっと、まあこの少年程綺麗じゃないと思うけど きっと素敵な男の子と恋愛をしていたと思う。 「あ、の・・・」 たぶん、ずっと私が見ていたからだ。 男の子、譜遊さんは不思議な顔をして私を見ている。 「あ、御免なさい。行き成りお名前呼ぶなんて、失礼ですよね・・?」 「いえ・・」 「・・・・」 「・・・・・」 沈黙が続く。 私と譜遊さんは見詰め合ったまま、彼が先に目を逸らした。 嫌われているんだろうか。 今日、情事の最中に入ってしまったことを気にしているに違いない。 もしかして、そのことで今日わざわざ呼び出してくれたのかな。 「ご、御免なさい。今日は、その・・・、時間ぎりぎりまで何も申さなかった私が悪」 「違う・・違います」 彼は首を振った。 訳の分からぬ私に、彼は近づいてきて・・不意に抱きしめられた。 離さない、と言うように力強く、ぎゅうっと。 細身の見た目からは想像もつかない力で、抱きしめられる。 「・・・譜、ふ・・・んんっ・・・・あ、ぁ・・ゃ」 「嫌な訳ないですよね?」 余裕のある虐め文句が彼の唇から発せられる。 私はただ、一回の口付けで腰から蕩け始めていて、立てない。 あたしはずるり、とその場へへたりこんだ。 「・・・ぁんっ・・・・」 「立って」 まだ、最後の情事から一時間もたっていないことに気がついた。 火照りが冷め切らない身体に、再び火がついた。 「あ、ああ・・ひゃぁ・・ぁ・・・あ!」 ガチャ 「誰か居るのか」 現れたのは、この娼館を取り仕切る主人。 たぶん、譜遊さんの直属の上司にあたる人。 どっちにしろ、今ここでこうなっている事はまずい。 その前に、こんな醜態見られたくない・・ でも、そんな私の考えを知ってか知らずか。 譜遊さんはなおも強く突き上げ、私を揺さぶる。 「ん〜・・?また譜遊の奴めが明かり消し忘れおったか・・」 パチン、と音がして電気が消えた。 ほっとする私に、譜遊さんは息つく暇さえ与えてくれない。 高く上擦った嬌声に満足してか、譜遊さんは低い笑い声を漏らす。 ククッ、という加虐的な声が髄を焦がす。 足音が、突然響いた。 「ふ、ゆ・・・さん!!誰か来」 慌てる私をみて、彼は至極楽しそうに笑った。 震える体は抱きしめられ、瞳から零れる涙は舐め取られた。 「っ・・・・」 唇を噛んで我慢しようと決めたとき、戸が開いた。 戸から現れるのは、あの会計方の爺さんか、まあ姐さんは無いだろう。 何故、のまえに何とか気づかれないように、と手が白くなるまで握った。 しかし、戸からみえた顔は決して爺さんではなかった。 すらりと高い背に、細身のからだ、端正な顔立ち。 全てのおんなの夢だ、とまで姐さんの間で囁かれている御方。 そして、今日も、そして明日も私をお抱きになる、身分の高い御方。 朱雀、暁さまだ。 「!?・・・っぁあん!」 驚いて一瞬力が抜け、その隙に譜遊さんは思い切り突き上げた。 暗い部屋に、声が響く。 明かりがつき、なんとかそれ以上声を漏らさないようにする努力虚しく。 遊女なのに、今更何を恥じる事があるものか。 醜態を、明るい日の元に晒してしまった。 恥ずかしい、何故。 「か・・え」 驚く暁さま、低く笑う譜遊さん。 二人の視線が交錯し、私は身を伏せ譜遊さんの下から抜け出した。 「かえで」 楓の後姿を見つめたまま、暁は動かない。 「探し物は、見つかりましたか?」 譜遊は、妖しげな笑みを浮かべると、奥の自室へと戻っていった。 「手前ェ・・・」 「手を出して、困るのは貴方の方じゃありませんか。 それに、彼女は売女なのですから、何を怒る必要があるのです?」 譜遊は営業用の笑顔を向けて、一瞬だけ男の顔をした。 「またのご来館を、お待ちしております。朱雀、暁さま」 気づくと、もう夕刻で、店が始まる時間だった。 「あッ、痛・・・」 起き上がろうとすると、腰に鈍い痛みが走った。 最初の頃によく経験した痛みで。 最近はなれたと思ったのに・・・ そう考えて視線を泳がせると自分の部屋に居た。 佳代姐さんと同じ部屋で、白いシーツに包まっていた。 昨日は、何があったんだっけ・・ ぼーっとした頭で考えながらも立ち上がる。 ああ、もう営業時間だ。 「きゃ!!」 立ち上がろうとしたら、腰の痛みで床にへたり込む。 どこかでこんなことがあったような・・ あ、昨日だ。譜遊さんに・・・昨日私は抱かれた。 最中に、縋った私の手を、身体ごと包み込んでくれた。 そして、顔が突然入ってくる。 暁さま、だ。 あたまがぐちゃぐちゃになって、力なくへたり込む。 そして・・・くしゃりという音とともに、 私が寝ていたシーツの中に紙が入っていたと分かった。 ・・・・ただの紙じゃなかった。 お金だ。 普通遊女を抱く金額の、零がひとつ多い額。 壱拾倍だ。 「暁さまのお時間だ、さあ楓」 「・・はい」 腰の痛みを引きずりながら、お部屋へと参る。 行きづらいという感覚もあわせてか、余計に気が重い。 「楓」 「暁・・さま」 静かにお名前を私などの口から発せさせて頂く。 暁さまは私が腰を引きずるのを見て、私を制止された。 そして、自分の前に座るように仰った。 その通り座ると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。 「楓」 「はい、暁さま・・・」 きっと、この方は何もお聞きにならないんだろう。 ただ、いつものようにぎゅうと抱きしめるだけ。 ああ、心地良い。 その感覚に溺れ、そして自然と瞳が閉じられる。 ガラリ 「・・失礼しま」 「ふ、譜遊さん・・!?」 「貴様、再度も・・・」 「いえ、彼女に薬とを頼まれまして・・失礼します」 譜遊さんは、浅葱色の液体の入った瓶を置いて出て行かれた。 暁さまは、薬を立って取ってくださり、私の身を案じてくださった。 こんな高貴な御方が、私なぞの事を。 譜遊さんは、昨日の事をどう思っているの。 お金を出して女を買うことは普通であるけれど。 あんな大金を出すような女じゃない、私は・・ そして、何故あの場に暁さまが御出でなさったのか。 「楓?」 「いえ、何でもないのです・・・暁さま」 ひとにあいされるすべを、もし教えてくださるのなら きっと私は迷わず、暁さまの心を御奪いしたい。 彼の全てを包むあの温かみは、私を放さない。 そう、思うと。 譜遊さんの淋しげな瞳が、脳裏に蘇る。 彼の、心のうちを。 彼の瞳を暗くさせる原因を取り除いてあげたい。 ああ、二人の殿方に好意を抱くとは。 もしかして、好意よりも深いものかもしれない。 私は、もしかして彼らを、愛してしまった・・・? たとえ禁忌を犯したとしても、私は・・ ************** next→汐乃嬢 ついに、核心に触れてきました第伍話。 楓は、結局どうなるんでしょ。 汐乃嬢、薬とか譜遊の事とかバンバン伏線張ったつもりだす。 じゃんじゃんイジってやってください☆ 柘榴嬢も「あーやっちゃった」位やっちゃってください(笑) では。