ずっと好きだと思っていたのに それでも叶わぬ夢だと諦めようとしていたのに 君が他の人に奪われるというのなら さぁどうしようか どうせ恋は早い者勝ち 盗られる前に、盗ってしまえ 黒い種 あの男の車が路地に消えた後、欠片だけ張り付いていた笑みを完全に剥がし取る。 腹の底から湧き上がる苛立ちを抑えきれず、思い切り手近に在った壁に拳を打ち付けた。 脳裏では、先刻のやりとりが繰り返し流れていた。 鋭い眼差しで見られたときに、思わず身を竦めてしまったのが悔やまれる。 あの男の全てが気に食わない。 あの大人らしい余裕ぶった態度も。 あの遊郭中の女を酔わせるであろう切れ長の整った面立ちも。 あの…彼女を愛しげに見つめる瞳も。 一目見て気付いてしまった。 彼も、僕と同類なのだと。 同時に、これまでとは比べ物にならないほど嫉妬した。 彼女と体を繋げた事に、ではなく。 彼が、まだ『綺麗』だという事に。 彼が、彼女を救える事に。 だって、僕はもう汚れてしまっていて。 僕には、彼女を救う事は出来なくて。 わかっているから わかってしまっているから 苦しい。 固く結んでいた糸が、一気に解れてしまうように。 醜い感情が、堰を切って流れ出す。 いつのまにか肥大した黒い靄が、僕の中で渦を巻く。 あぁ、そうか。 あいつに奪われるくらいならいっそ、 僕から離れぬようにしてしまおうか…? 来たばかりの娼館へとまた戻る。 向かい側を、事を終えたばかりなのだろう女が1人こちらへと歩いてくる。 名前は知らないが、見知った顔だ。 ――丁度いい。 呼びかけて気をとられたところを、壁に押し付けて無理矢理己の口で唇を塞ぐ。 そのまま歯列にそって舌でこじ開け絡ませれば、女の顔が上気してくる。 快感に慣れた女は扱いやすい。 ほんの少しの快楽にも酔わずにはいられないから。 三十秒ほどしてから口を離せば、女はゆっくりと甘い息を吐く。 僕は、その女に向かってにこりと笑いかけた。 「お願いがあるんだけど、いいかな?」 多分何も考えられていない女は、理由も聞かぬまま首を縦に振った。 「楓さんに、時間が空いたら別館の事務の方に来て欲しいって伝えて。」 さぁ、一つの種は蒔いた。 あとは雑草の駆除に行くか。 もう5分前に呼びに行くなんて、手緩い方法などじゃ済ましはしない。 覚悟はいいかい?
早足で別館の方へと戻る。
部屋に戻れば、古株の爺の姿は無い。
大方夜の町へと繰り出しているか。お盛んな事だ。
此方としては都合がよいが。
部屋の片隅に置かれている、黒塗りの電話の受話器を取り、番号を回す。
ジージーという耳障りな音が、今は心地よく聞こえるのだから滑稽だ。
しばらくすると、家の主ではない男が出た。
確か、あの男の執事だったか。
落ち着き払った声で、用件を聞いてくる。
「飛天閣の会計を勤めている者ですが、朱雀様はご在宅でしょうか?
お忘れ物をなさったようで、出来れば取りにいらして頂きたいのですが…」
そう言えば、執事の男は自分が行くと言う。
駄目だ。僕の計画に、君は要らない。
「すみませんが…本館にいらっしゃるのはお客様のみとなっていますので。」
いけしゃあしゃあと嘘をつけば、数秒の無言の末、彼は了承した。
受話器を置き、顔が自然に笑みを作る。
営業用などではなく、心の底からの…歪んだ笑みを。
さぁ、準備は全て整った。
深く埋めた種は、どう育つ…?
どもーまたまた不知火です。
色んな意味で、種を蒔いてみました。
どんどん育ててやっちゃって下さいな。
お次は椎葉様。どうぞ、譜遊と遊んでやってください。。