「よォ」

また来た。


こいつはいつも唐突で。

いつも手ぶらで
いつもヘラヘラ笑っている。













チヨコレヰト














「なァ、今日何の日か知ってるか?」

「さぁ」

「照れんなバァカ。
ワザワザ俺が直々に出向いてやったのに」

「ああ、アル・カポネがヴァレンタインさんを惨殺した日でしょう?」


えげつねー女・・・

お互い様よ・・


綾辻茜、職業はモデルな現役高校生。
そして極度の凝り性。
その上、他人と干渉しあいたくないタイプ。
けれど、愛して欲しいし縛って欲しい。
矛盾しているけれど、目の前の男とは関係したくは無い。

その証拠として。
男の名前は知らないし、知る必要もないと認識している。


「名前教えてくれたらあげてもいーけど?」

「やだね」

「知ってるわ」

「じゃー聞くなよ」

「だから、あたしは本命以外あげる気ナイから」

「俺が本命になりゃいーじゃねーかよ」

「バカじゃないの?」


男が乗ってきた、ベントレー・コンチネンタル。
右ハンドルな上に、外車の中でもトップクラスの高額。

以前BMWに乗っていたのだが、仕事中に事故って大破。
しばらく立ち直れず、次に愛した車が今の車だった。

いつでもワックス掛けをした後のような車。
それがこの男がいると直ぐに分かってしまう証拠。


つーか、目立つんだよ。



「あたしが、あんたを本命にしたとして。
チョコレート受け取ったらそれは承諾ってことなわけ?」

「いーや、受け取った後ホテルインしたら彼女だな」


・・・変態。

当たり前だろ、男はそーゆーもんだ。


「あんたは、あたしに何してくれるの?」

「愛してやるよ」


トロトロと車を走らせながら、男は足早に歩く茜を追う。

箸って逃げないところ、茜もそれほど嫌悪してはいないらしい。
でも、何か鼻につく男だ。
それが、茜の素直な感想である。


「・・・減らず口ね」


「縛ってやるよこの極上マゾヒストが」

「随分とサディスティックな趣味をお持ちね、王子様」


茜も負けてはいない。


「ねぇ、ここにクラスの男子にばら撒いた余りならあるけど?」

「お前が『本命』って一言言えば義理じゃなくなるだろ」

「意味わかんない」

「分かってるくせに」




「いつまで、もしくはどこまで付いてくる気?」

「俺の使命を果たすまで」

「使命?」

「可愛い飼い犬から本命チョコレートを貰ってやるの」

「あらまぁそれは素敵だコト」


茜が意に介さず歩き続けていると、男は突然車を降りた。
茜に近づき、顎をクイと持ち上げる。

口付けは茜に拒まれ、茜はベントレーに乗り込んだ。


「早くして」

「強情」

「サディスト」

「知ってる」


ベントレーはほぼ車体の揺れなしにスイと進む。
薄いピンクの綺麗な高層ホテルについた。

そういう種のホテルもここまで来たか。
茜は軽く見上げ、何かを思い出したように、呟いた。


「完全予約制でしょう、ここ」

「お見通し、ね」

「ええ、勝算アリと踏んでたのね」

「有る無いじゃなく、百パーの自信だったな」

「ここで泣き叫んでもいいのよ?」

「お望みどおりここで最後まで致してやろーか?」


「・・・遠慮しておくわ」


 茜は静かにベントレーから降りると、ホテルへ入って行った。











「・・・女ァ男より後に起きるんだよ」

「何それ」

「俺のポリシーだ」

「意味分かんない」

「二度目だな、その台詞」

「当たり前でしょう。
あんたは普通の人間じゃ理解できないわよ」

「お前も十分普通じゃねーよ」

「それはありがとう」


「ホント、ベッド以外では可愛げの無ェ女だな」

「あんたの性根の悪さを身をもって感じたわよ」

「それはそれは」


離れようとした体はもう一度、引き戻された。

ああ、どうせ離してくれないんだろう。
茜は静かに、瞳を閉じた。











『仕事』

そう、綺麗な字でメモが残されていた。
間違いなく、あのバカ男の字。

『まだ愛して欲しいんなら、そのままで居ろ』


窓のそとにはもうベントレーの姿は無い。

都合のいい女でもいいし
(実際、あたしは都合良くないと思いたいけど)
遊びでもいいわ。

そんな感覚で、ベロア生地の毛布を手繰り寄せて体を包んだ。

グシャグシャになったシーツには、マジックで一言。


『結局、俺の事が好きなんだろ?』



マゾヒストの定めなのかどうかは分からないけれど。
・・・結局、あたしはあの男に敵わない。

唯一手作りしたトップモデル様のチョコレート。
結局はあいつの胃袋の中に納まるのを、
あたしの鞄の中で待っている。



夜まで、ずっと。














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パラレル?でレンサツいってみました。
趣味ですね。
つーか狙ってきたヒトはぬるくねーかとお思いでしょうが。
さすがに聖なるバレンタインというものなので
控えてみました。