全て、いつもどおりだった。
のんきな一人の女の子と、几帳面な青年と。
ヤンチャ盛りの少年の三人の異色のメンバーで。
朝から晩まで騒がしく、けれど楽しく日々は過ぎていった。
過去なんて、関係ないと三人とも思い始めていた。
けれど、歯車なんて。
簡単に狂ってしまうもの、
狂いだした不協和音は留まることなく、さらに離れて、かけ離れていく。
+第二話+歯車は、狂った。
太陽がポカポカと地を照らし、昼寝にはもってこい!な晴れやかな日。
風も僅かに前髪を揺らすほどで、申し分なく「家に居ては勿体無い日」である。
そんな、晴れやかな天気とは似ても似つかない、ふてくされ顔の男が俺に軽く会釈をしながら言う。
「こちらが今回の手配書になります」
いつも毎月第3金曜日に来る、手配書と此処宛の手紙を運んでくる男。最近配属されたばかりだ。
何か、虫のいどころが悪いのか、たまたま機嫌が悪いだけなのか。
男はいつにもまして不機嫌そうに紙の束を投げつけるように俺に渡した。
この男の機嫌が悪い原因は分かっている。問題は俺たちの年齢だ。
男は年下の者に使われるのが嫌らしく、長に直談判したらしい。
三十路を超えて、何を考えているのやら。
もう少し大人になってくれれば、こちらもありがたいのだが。
「椎名副隊長殿、何か」
「あっ、いや・・何でもない。ご苦労様」
じっと見つめる俺の視線に気づいてか、男は訝しげな顔で問うた。
何とか誤魔化そうとする俺に、男は更に眉間の皺を深くした。
「おっ、そりゃ新しい手配書かぁ?…ひぃふぅみぃ…7枚もあんのかよ・・」
横から部下の散葉が顔をのぞかした。
こいつは俺より5歳も年下の13歳で
新しくこの大陸の東に造られた善悪滅判所統治部の東部地区の三席だ。
三席というのは、隊長、隊長補佐(副隊長)の次に強い。いわゆる「3番目」だ。
ちなみに、俺「椎名祐」は東部地区の副隊長を務めていて、
隊長なんか、更に一番高額首が多い地区ということで、全地域を統率する役目も担わされているのだ。
特に東部地区は実力が高い者が集まり、それを束ねるのは簡易なものではないと思う。
が、それを楽しんでいるのも隊長の才能である。
「では私はこれで。」
不機嫌な警備部長が俺に冷たく言い放った。
だから簡易な事ではないのだ、とまた脳内で自分を慰める。
つきたい溜息も喉奥に押しこんで、手配書へ無理矢理に意識を向けさせる。
そして大きな曇りガラスが半分はめられた障子から警備部長の後ろ姿が遠ざかっていくのをに見て、
そうそう上手くはいかないものだと溜息をつきながら自分の仕事へ向かう。
まぁ専らデスクワーク、なのだが。
後に俺が知ることになるのだが、未来ではデンワやコピーキというものがあるらしく
こんな想いもせずにいいのだが・・・
捕縛状から何から、全部手書きだ。
さらに毛筆なので、間違えることができない。
これも未来の世界では違うらしいのだが。
まぁ、今はよしとしよう。
ぽつりと、散葉が漏らす。
「厭な世の中になっちまったな、祐。」
「…あぁ。」
最近は女や子供の捕縛率が上昇している。
主な罪状は窃盗・強盗…そしてコロシ、いわゆる殺人である。
ふと、さっき渡された手配書が目に入った。一番上の手配書もどうやら女のようだ。
「年齢17ぁ!?…隊長(あのヤロウ)と同じじゃねぇか。」
オレには理解できねぇな、と散葉は手配書をほっぽりだした。
それを束ね、書かれた情報を事細かにひとつひとつ暗記していく。
仕事を始めてまだ壱刻の半ばすら越していないとき、いきなり隣で声がした。
「茶ぁでも飲んで一服しようぜぇ?やってらんねぇよなぁ、ったくよ。実戦やらせろって・・体がなまる〜!!」
とにかく、この桜井散葉という男は座って静かに仕事、ができない男だ。と、そう祐は分析している。
更に言えば独り言が多い。そして、誰彼構わず本音を言う。何かにつけて隊長より断然大人な反応を示す。
が、その後の不平不満や愚痴を聞くのはなぜか、祐である。オヤクショシゴトなどは絶対に肌に合わないだろう。
「…隊長がもどられるまで我慢しろ。あと壱・・弐刻だ。」
隊長は最近名を馳せている賞金首の討伐へ行っている…大丈夫だろうか。
この善悪滅判所の所員ばかりを狙う男だ・・
隊長が手加減出きるはずがない!
死人が出なければいいが・・・
「まじでぇすか?壱刻位って・・。」
散葉のヒトコトで我に返る。
あの人なら大丈夫。絶対に大丈夫だ。無暗やたらに人を殺めないようにいつも制御装置をつけている位なのだから。
「散葉が頑張れば水無月堂の団子もつけるわよン♪」
今度は明るいオンナの声で我に返った。
最近、どうもあのことを思い出す。虫の知らせだろうか…
「まじ?じゃあオレ頑張るっ♪」
もし、そうだとしたら・・・
「そっかぁ・・・水無月堂の団子かぁ・・・。」
シャッシャッシャッ…(墨をする音)
「俺あそこの和菓子が一番好きなんだよなァ・・」
すっ・・・すー(書く音)
「やっぱ甘味所で直接食べるってのはいいもんだよなァ・・・ぁん?」
……ぴた。
「ゆ、結姫ぃ!?」
散葉が振り向くとそこには誰の姿も無い。気のせいか、はたまた祐が言ったのか。
でもあれは紛れもない結姫の声。あれこれ考えている散葉を至近距離でじーっと見つめる少女。
「結姫(そう)だよっ」
右の頬をつつかれ右を向くとやはり誰もいない。
「結姫…、たいちょ?」
「はぁい。」
机と散葉の間の、ちょっとした隙間から顔を覗かせるオンナノコは間違いなく東部地区及び全域を統率する我らが隊長、天魔結姫、その人だった。
「ぎぃやぁぁぁ!」
まるで、どこぞのホラー映画並に叫んだ瞬間、後ろから首に白い手が回された。
「ひぇ…ッ!」
「酷いなぁ、散葉きゅん。」
何時まで続くのだろうかというじゃれあいは祐の一言で制された。
「そんなに完全(カン)徹夜(テツ)で書類まとめたいんですか?」
ここ2、3日は凶悪犯が大勢捕まり、まぁ俗に言う『嬉しい悲鳴をあげている』状態なのだ。
そして身柄の確保や、首にかかっている賞金などの受け渡しの承諾も数ある中の隊長などの仕事の一環、氷山の一角にすぎない。
まぁ隊長格になればなかなか(といっても殆ど)実戦の場は少なくなる。
「結姫隊長。そういえば、いつお戻りになられたんですか?」
真面目な顔で、聞く祐をみて、いつものように吹き出す二人。
「ぷっ・・・!」
「祐って…結姫の事、いっつも隊長って呼ぶんだよなぁ…クク」
至極普通極まりない祐の口調も、散葉や結姫にとってはおかしくてたまらない。
だいたいは堪えるのだが、このように吹き出すこともある。
もともと兄弟のように育った散葉と結姫は、敬語なんてモノ、使った事もないし使おうとすら思わないのだ。
…なんせ敬語を知らないのだから。
2人が育ったのは、そんなものが必要ないセカイ。
無言でキレ始めた祐の気配を知ってか知らずか、結姫が動じずに話し始める。
「意外とザコくて。さっさと済んじゃったから…世話してたのサ☆」
何を?そう言い終わる前に黒いものが結姫目指して飛んできた。結姫の飼い猫、ライフである。
「おいで、おいでっ!」
とうの昔に滅びたファララフ言語を使って、伝説都市インジャスティス(=Injustice)の存在を確かにした数百年前の天使言語で書かれた書物。
『文字は語る』、著者フェイドラ・クリスト。その中で未来言語(フェイク)とも呼ばれているこの言語。
どこで身につけたかは知らないがとてつもなく語学堪能な結姫がその天使言語とやらをすらすらと解読しきって、修得したのだ・・未来言語、偽物を。
黙って仕事を初めて2、3分も経たないうちに結姫は筆を止めて何やら散葉とひそひそと話し始めた。
そして二人は顔を見合わせて、クスリと笑った後で一斉に祐を見た。
「んじゃあ祐のおごりだよ〜♪」
何で、祐の奢りなのか、もう理屈なんて此処では存在しない。
此処に有るのは、
我が儘・気まぐれな女隊長
堅実・真面目な苦労人の副隊長
危ないことがダイスキで(←隊長と同じ)大人ぶるガキの三席
だけ、なのだから。
「何の話で」
「オレみたらし3本♪」
何の話をしているんだろう、と祐が聞く前に散葉が口をはさんだ。
祐はこの2人と仕事をするようになってから、随分と物わかりがよくなった。
あぁ、あの、隊長と散葉が好きな和菓子屋の・・・
「水無月堂の話ですか。」
事態が飲み込めた祐は、無造作に懐から札を取り出す。
いくら買うつもりだろうか。
「まもなく西部地域の隊長がお見えになります。それからにしませんか?」
まさか本気で奢ってもらえるとは。この善悪滅判所の中でも一番律儀で真面目で倹約家の祐が奢る!?
…まぁ滅多に無いだろうし黙って貰っておく事にした結姫であった。
しかし。
「あり得ねぇ〜!倹約家の祐が人に物を奢るなんてマジで有り得ねぇよ!カミサマのお陰だなぁ、結姫?」
要するに、散葉から祐への『お前はケチだ』発言である。
「…神なんていやしないわ。」
脇で、2人が兄弟喧嘩をしているのを後目にぽつりと漏らす結姫。
どうやら2人には聞こえていないようだ。
そして東部地区最強の3人はまるで試験前日の中学生のように机へ向かった。
「・・・・ん〜・・?」
「結姫、違ぇよ。そこは次席だ。」
「あぁッ!ありがと。」
向かい合うように座っている結姫と、散葉と祐の2人。
ちょうど祐の目の前に結姫がすわっていて、祐の横に散葉が座っている。
「失礼致します。」
祐の真横(散葉とは逆のほう)の障子がスパンと開き、沢山の紙を抱えた男が入ってきた。
たまに来るその男は、いわゆる『郵便屋さん』である。その中の一枚が散葉の目の前にひらひらと舞い落ちてきた。
「んだぁ?コレ。…何々、親愛なる天魔結姫様へ突然の御手紙ご無礼かと存じます。しかし私のこの思いは……なんだ。これ、また恋文か。」
持ってきた男も、毎回ながら頭を掻く。おそらくは、全部、いや、大半が恋文なのだろう。
結姫はそこに置いといて、と目の前にある紙から目をはなさずに言った。
そして、もう帰っていいよ、と男に声を掛けた。邪魔をされたくないらしい。いつも通りに散葉は手紙の選別に入る。
所の情報(しごと)と他のモノ(プライベート)だ。
祐は、ちぇっ、今回は全部恋文っぽいぜぇ・・と悪態を吐きながらシゴトをする散葉を横目で見ながら、
前で唸っている隊長を、気付かれないように、気を配って見た。
なんで、自分が隊長を見ていないように思われなければならないのか。
祐自身にもわからない。
ただ、はっきりしている事は、とてつもなく恥ずかしい思いにかられる、と言うこと。
「ぅ〜…」
俺の、訳の分からない気持ちもつゆ知らず、隊長は、集中しきって今度の善悪滅判所会議の議題をまとめているようだ。
この会議が如何に決議されるかによって、この大陸の安全は左右されかねないからしょうがないのだが。
今書いているのはそれについての各地域の第三席までの人達の意見をまとめて読みやすくしたもの、つまり一番大事な『資料』を作っているのだ。
だから、結姫の綺麗な漆黒の瞳に宿るもの…、一糸乱れぬ集中をしている時にしか見えないものが見える。
「…?」
なぜか、祐自身は分からないが、この瞬間、結姫の瞳をみるのが一種の楽しみ、喜びとなっている。
普段おちゃらけている結姫だけに、妙に色っぽくみえるものだ、と内心思った祐は、その考えに対して頬を染めた。
そして、それを悟られまいと、より一層仕事に打ち込んだ。
「ねぇ。」
いきなり結姫がはっきりとした口調で言った。
いつもみたいに寝てもいないので寝言とも考えられないし、独り言とも考えられない音量だ。
突き刺さるような、いつも結姫が出すやわらかな声とはにつかない声だった。
「「たいちょ…?」」
おそるおそる話しかける散葉と、何事かと身構える祐の声にも反応せず、ただ机に目を伏せ、手紙を書きながら続ける。
「さっさと出てきたらどう?」
しかし何も反応が無い。
すると結姫は祐でもなく散葉でもない、誰もいない空間を見つめて、更に口を開く。
「あからさまよ、咲矢君。」
傍にあった剣を掴んだとき、丁度、天井からなにかが落ちてきた。
その人物に祐は見覚えがあった。
「さ、咲矢大地西統監!?」
結局は、祐1人だけが驚いていて。隊長や散葉はよぉ、だの、早かったわね、だの、日常会話に移っている。
「よォ♪祐ゥ☆しばらくだなァ。どしたァ?ダイジョブ?」
「え…まぁ。」
「なぁ、祐。トーカンってなんだ?」
こんなもんも知らないで、よく隊長なんかやっていられるよなぁ。
かなり失礼な内容だが、言わなければ同じ。
そう考えて、決して顔には出さずに丁寧に答える。
「『統監』とは隊長の正式名称で、正式な場では苗字と名前、そして東西南北の地域名称に統監をつけるんですよ。
例えば、結姫隊長なら、天魔結姫総統監って風に。」
でも普通の民衆からは隊長さん、とか呼ばれるのが通常である。
「相ッ変わらず堅苦しィ男だなァ、祐は。」
「そんなチャラチャラしてる統監よりマシですよ・・・。」
「ヒッドぃ!!そんなチャラチャラして・・・へごっ!?」
結姫はおもむろに咲矢の鳩尾に一撃を喰らわせる。
「胸元は肌蹴てるわ、着物のすそは短くて中に変なもの(ズボン)穿いてるわ、袖は捲くってるわ・・あんたねぇ・・。」
「俺こんなんでも統監だぜェ?そんなこと言ってていい・・へぶっ!!」
統監、などと呼ぶのは、月に一回ある、月例統監の集い(のみかい)の時だけだ。まぁ、形だけだが。
「祐スゲェ物知り〜!」
「すごいねェ…たすくン☆★」
「ホントだね♪」
「…。」
コイツら本当に隊長なのか…??
と、そこへ。
「結姫ちゃん!北部地区の隊長さんがお見え…」
隣の定食屋のおばちゃんが息を切らして飛び込んできた。
「おぉおぉ、結姫やん。しっかし相変わらずやなぁ。」
後ろから現れた長身の男は結姫を見たり周りをキョロキョロと見回したりしている。
一般人から総統監ともいう人間がちゃん付けで呼ばれるのは異例のこと。
更に家も特別高いものでないし、結姫の希望で、下町の、地価のやすいところに住んでいる。
まぁ地価が安いのは、結姫達が来る前はこの町がRegret
Bloodの国境沿いにあるAdmire Ground一の無法地帯だったからだ。
「と・に・か・く!大地も双牙も何しにきたってワケ?」
一番広い祐の部屋に通された統監2人。
イケナイ本ないかなァ?とか言いながら探す咲矢と出された茶を啜りながら部屋を見回す双牙。
それに歯止めを掛ける鶴の一声、結姫である。
「そんなコト言わんといてや〜?用が無いんに来たらあかんの?」
この独特な話し方の男は北部の統監の双牙で、その名は名字なのか名前なのかすら定かではない。
身長はかなり高く、6尺はある。北東北にあるカンサイとか言う地域で生まれ育ったという話だ。
「ねェ。酷いなァ、知らない仲じゃァないのにィ…ユキん。」
この軽そうな男(ナンパヤロウ)は西部統監の咲矢大地。身長は6尺弱。
持ち前の明るさとトークでいつも周りに女をはべらせている。
本当に、何しにきたんだろうと、本気で祐が考え始めた。
そのときずっと2人の瞳を見つめていた結姫の気が殺気に変わった。
「祐っ、散葉!」
祐と散葉の2人に何やら鍵のようなものを投げつけると結姫は自分の部屋へと駆け込んで行った。
「っあ、どこ行くん」
「待っててくださいッ!」
祐が叫ぶ。
そして心の中で叫んでいた。
・・この2人に危機が迫っている!こんなところでのんびりしている暇はない!!
急に人が居なくなった部屋にぽつりと残された大地と双牙は顔を見合わせた。
口元を歪めて。
その姿を黒猫ライフが見つめていた。
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ついに解禁です。TWICE。
荷物背負い込んでる紗恭ですが。
亀さんなりに頑張りたいと思いまつ。
あー久々に書かなきゃな・・・
懐かしすぎて手加えてないところ多いデス。
誤字脱字ご指摘お願い致します。
・・・・・加筆、訂正もやってきます。
20060118