ヒトは、自分以外のヒトとコミュニケーションをとりたがる。
理由としては、様々有る。
 自分の固体としての価値を見出したい者もいる。
自分の中にある「淋しい」という感情を紛らわしたい者もいる。
他人と触れることでしか、自分の存在を許容することの出来ない者もいる。

 結果、ヒトは一人では生きられないのだ。
だから、外見がよかったり、話が上手かったり。
何かしら似偏った人間を地域それぞれに作ったり。
神様は面倒臭いことをなさるものだと、ほとほと感心させられるものだ。











第六話:薄夜明

【貴方だけは】














 二つの影が、ゆっくりと薄闇の中歩いていた。
人ごみは疎らに、その二人を避けるかのごとくそこに存在している。
死刑宣告から、四日目の早朝だった。
「ねぇ」
 ヒトがヒトに話しかけるとき。
感嘆詞か、ヒトの名前を呼ぶ。
名前という固体名称で、貴方を呼んでいますと強調するわけだ。
 少女は、その次の言葉が、続かない。
理由は二つ。
一つ目は、その言葉を口にするのに抵抗があったから。
二つ目は・・・呼びかけるべき人の名前を知らないから。
 人で溢れかえる世の中で、固体を識別するためのもの、名前。
私はあなたのそれを、知らない。
だから、きっと私が紡いだ言葉も、あなたには届かない。
名前、何で教えてくれないの?
ルールでもあるの?
規則なら、破ったらどうなってしまうのかしら。
どういうお仕事?
・・殺人者を殺めていない間は・・何をしているの?
忙しいの?
サラリーマンみたいに、会社でもあるの?
何で違止官になったの、やっぱりお給料?

沢山、沢山質問がとめどなく頭の中に溢れかえる。
でも、私は貴方へ伝える手段がない。
そう思うのは私の逃げかもしれない。
貴方のスベテを見透かしているかのような目のせいで、余計。
きっと貴方は私を、私より知っている。
私は貴方の事を何一つ知らないまま、貴方に殺される。

 ねぇ、今まで何人殺してきたの?
あなたのその、大きな手で何人の肉片を千切ったの。
何回拳銃で発砲した?
あなたのその、大きな背中で。
何人の灰を、人間でなくなってしまったモノを背負っているの?


「ねぇ」
「・・・・」
「幸平君?」
「・・・・」
「ね」
「ぁーもー、何だ?名前なら教えたくねーって言っただろ。
どーせテメーも死ぬんだよ。俗世間に余計な世話残したくねーだろ」
「・・・貝塚教頭に、コウヘイって名乗ったでしょう?」
「あぁ」
「・・・・・貴方は」
「あん?」

「どんな風に私を殺してくれるの?」
「・・・」
 コウヘイクンは答えなかった。







「ねぇ、赤いの」
「・・・もしかして俺の事呼んでたりしないよな」
「貴方しかいないのに貴方じゃなかったら、私はもう・・・。
既に人間ですらないわね、じゃぁ何になってしまうのかしら」
「・・で、なんだよ」
 オマエは、まだ人間だ。
その言葉を飲み込んで、話の先を促した。
「嘘吐きと人殺しは、どっちが悪いと思う?」
「人殺しだろ、」
 即答したあと、俺は少し後悔を覚えた。
ただの皮肉、揶揄に引っ掛かってしまった。
そう感じた。
「そうね、人殺しの方が悪いわ」
 意外、その一言に尽きた。
きっと、反論してくるものだと思っていたから。
嘘吐きはヒトのココロを殺し、人殺しはヒト自身を壊す。
だから、人殺しが裁かれるのなら、嘘吐きも裁かれるべき。
 そんな趣旨の事をいうのだとばかり思っていたものだから。
次の句を、正直少し待ってやった。
「でも、嘘吐きも裁かれるべきよ」
 ホラ来た。
自分の正当化は、患者に多く診られるケースだ。
「・・・貴方も、私がそう言うものと思っていたのでしょう?
その上、この考えを否定しきることはできないとも、思ったでしょう?」
 病体は笑った。
それに反して、俺は面くらい、戸惑う。
間違ってない。
高い知能指数を持った、病体。
そんなのと出会ったのは、後にも先にもコイツ以外いないだろう。
「訳の分からなそうな顔してるわね?」
 クスリ、と笑い声が漏れた。
「私も貴方も同罪なのよ」
 人殺しは、無垢の少女が微笑むように、笑った。
嘘吐きは、ただ何もなかったように視線を前に戻した。










「どーも、どーも。
生きていらっしゃるとは知らなかったです。
再びお会い出来て嬉しいですよ、新島サン」
どう見ても十代の少年は、男を見るとニタリと笑った。
特に再会を喜ぶ様な表情でもなく、ただ自分の感情を出している。
・・・楽しい玩具が生きてやがった、と。
所詮他人の齷齪する姿なぞ、高みの見物材料だ。
甘い蜜より甘い、この出来事を楽しまずにどうするのだと。
「よぉ、紅。
その減らず口といい、相変わら」
「紅ィ!!お客様に何つー言葉遣い・・新島様!」
「平島も元気そうだな」
「新島様!随分とお久しぶりですね」
 猥雑な笑みを浮かべながら、主任の平島は笑った。
その視線は新島と呼ばれた赤髪の男のやや後ろに居る、茜にずっと注がれている。
「また随分と可愛い女の子を・・隅に置けませんねェ」
 初老を少し過ぎたばかりの平島は、汗のぎらつく額をハンカチで拭った。
「新島サン、また厄介ごとみたいスね」
「当たり前だ。厄介じゃなきゃこんなトコこねぇもんよ」
 紅と呼ばれた少年は笑った。
苦笑いに乗せて、明らかにまた持ち込まれたであろう厄介物を楽しむように見ていた。
随分と可愛いじゃないスか、新島サン。
差し詰め、クソ生意気で臆病者の子猫ちゃんってとこスかね。
噫、噫。肩なんて竦めちゃって、可愛いモンです。
虐めたくなるじゃないスか、、、
「平島、いつもの部屋用意してくれ」
「ヘェェ?お時間は。それとも本命様でェ?」
「冗談言うなよ、俺の部屋なワケねーだろ。とりあえず今日含めて三日だ」
 紅はまたニタリと笑った。
「準備は出来ておりますよ、新島サン」
「食えない男だな」
「不味いでしょうね」
 嘘吐きも口角を歪めた。

後に紅へ部屋に来るようにと伝えると階段を降りて、昇った。
茜は黙って、着いてゆく。
「おい、入れ」
「・・・ねぇ、ここって」
「ああ、オマエの想像当たってると思うぜ」
 軋むベッドの音、吐息、時折聞こえてくる声スベテが、違う世界のモノだ。
赤髪は茜を観察している。
「なァ」
「・・何よ」
 入り口で立ち尽くす茜を見て、ワラう。
「アンタ、笑ってばかりね」
「面白ェもんよ。人生、楽しんだもの勝ちだろ?」
「そーね、どうせあと数日の命なんだから。勿体無いわ」
 つかつかと歩き、真っ赤なベッドシーツに同化する男の側に立つ。
中々洒落たホテルだと、素直に茜は思った。
広い上に設備も整っている。
風呂はジャグジーで、その上広くて。ゲームにカラオケ、テレビDVDも見れる。
しかし勿論、部屋のど真ん中にあるのはベルベットの真紅のベッド。
「ねぇ、新島君」
 ギシッとベッドが軋む。
四つんばいで、新島へ近づく。
寝転ぶ新島の顔に髪の毛が、少しかかった。
「・・・オマエさぁ、禁断症状とか無ぇの?」
「どうかしら」
 髪の毛を軽くかき上げると、頬にそっと触れた。
「真面目に答えろよ」
「そっちこそ」
 新島は茜の手を避けるように、身を捩った。
茜は傷ついたような顔を一瞬すると、また手を伸ばした。
「幸平君・・・」
「お前イカれてんだろ。
願望ついでの妄想なんぞ止めてくれねぇ・・か・・・・」






「幸平君・・私を否定しないでよ・・・」
長い長い口付けの後、茜はぽつりと、言った。
肩は僅かに震え、長い睫毛は涙に濡れて。
大きな瞳は沢山の涙を溜めて、流すまいと耐えていた。


「幸平君は・・・・貴方だけは、私を愛してくれるでしょ・・・?」





瞳から零れた涙は、違止官の頬にぽたぽたと、落つ。














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お久しぶりの更新です。
こんにちわ。
昨日くらいから燃えて、書き始めてみました。
意外と時間かかったり。
茜ちゃんも普通の女の子なんです。
ただ、不器用なだけなんです。
そんな、普通の話になっちゃいました。
何か・・・元彼を引きずる女の子をホテルに連れ込んだ不良
の図になってるよーなきもします。(コラ
しかも常連さん。
ホテル内に自分の部屋があったり。
もう早くも四日目ですよ。
物語内では。
これから、ちょっと長めです。
違止官仲間出てきたりします。


最後、茜はどうなるのか。
定めに従い、無となってしまうのか。
そして、「新島」「コウヘイ」と名乗る赤髪の男の正体は?

ってな感じでご注目していただけるとー・・幸いです。
リレも溜まってきたのでupりますよ。その内に。

20060118