第二話:昼


【薄ら笑い】























「ふぅん、赤いカーネーションにカトレア、ホオズキに黄色いバラね。」


 一人の男が、薄ら笑いと共に静かな教室を歩いて回る。花を一本一本掴むと放り投げる。
男の、一度見たら忘れられないようなハッとさせられる赤髪が、開けっ放しの窓から飛び込んできた風が揺らす。
血の臭いと、花の独特の良い匂いが教室に篭もるのを防いでくれる。

「面倒臭ェなぁ・・・見るからに女の愛憎じゃねぇか。」
「どう言う事でしょう・・・あの、貴方・・御名前何とおっしゃいましたっけ。」
「ん〜・・・じゃぁ幸平でいいよ。コウヘイクン、ねぇ・・・。」
 
 教室の入り口のドアの近くで、この修央院高学部の副校長である貝原が尋ねると、男はまだ微笑しながら答える。
どこか信用がならない男だ、と本能的に貝原は感じた。
数時間前に殺された生徒の名前を、自分の名前だと言い出す。
しかも髪は赤く、服装なんて二本線の入っているジャージで、足元は裸足にサンダルを突っかけているという始末。
極め付けに、目は虚ろに彷徨っている。

「で・・何か分かりましたでしょうか・・?」
「なぁ、こいつ付き合ってた女とか何人もいるっしょ?」

 質問を質問で返され、貝原は一瞬嫌そうな顔をするが、とっさに答えた。

「あ、私はあまり詳しくはありませんが、たしか綾辻君とそういう・・・なんといいますか。」
「あァ?付き合ってたってこと?」
「そ、そうですね・・・。」

 私立だけあって、此処の学校は色々とお堅いらしい。
たぶん、この貝原とかいう教諭もそう深くは知らないだろう。
にしても、ここまで大胆なメッセージを残すとは。取り合えず綾辻君とやらに会ってみるか。




「で、何。幸平君は綾辻っていう男と付き合ってたわけだ?」
「お、おとこ・・・?」
「綾辻君、でしょ?」
「・・綾辻茜君は大層美人だと生徒内で噂の女生徒ですよ!」
「で、その茜ちゃんは何処に居るってよ?」
「ええ、保健室に。」















「綾辻茜、ア、ああ・・あ・や・つ・じ・・いたいた。」

 パソコンのキーボードの上にのっているのは、凄い速度で動く右手一本。
左手は、愛用品のノート型パソコンを落とさないようにしっかりと持っている。
右肩と耳の間に挟まれ、今にも落ちそうになっている携帯電話は真紅。

「はいはい、あぁ。届いたって言ってんだろ。・・・あぁ、心紙?だから届いたって。」
「ん、分かった分かった一週間後な。紗由里の事頼んだぞ。」

 男は携帯電話を切ると、愛車のベントレー・コンチネンタルTの運転席に乗り込む。
エンジンをかけると、思いっきりアクセルを踏み込む。あァ良い、この乗り心地。
それだけをつぶやくと、右足はアクセルにおいたまま、サンダルを脱いだ左足をハンドルにくっ付けると、両手でパソコンと戯れ始める。
綾辻茜、の情報や顔写真がどんどん届く。それはファンクラブの会員からのもの。

「一言、雑誌の編集者って言えば信じるものなんだなァ。」

『この学校にとても美人な生徒さんがいると聞いたんですが。私、雑誌の編集者』
 数時間前の自分の姿が思い出される。堅苦しいスーツより、ジャージと名刺が役に立つ。あの名刺はもう心配要らない。
ふっ、と笑みを浮かべると、助手席においてある自分のものではない財布を見る。
名刺を財布に入れてくれてよかった。回収しやすい。それに、下手に名刺だけを盗んでも記憶に残ってしまう。
財布ごと盗めば、金とかカードのことで一杯一杯。名刺まで頭回んないだろう。

下準備は、まぁ50点位。良すぎても駄目・悪すぎても駄目。丁度良い。



 腕を頭の後ろで組むと、相変わらず140を超えるスピードメーターを見て苦笑。
煙草を取り出すと火をつけ、銜えた。

「カーネィションは「愛」だけど、愛の拒絶って意味もある。
カトレアは純愛、ホオズキは偽り、黄色いバラは嫉妬。
さしずめ、「偽りの純愛、貴方への嫉妬から愛を拒絶する」って意味だろうな。
たぶん、新島幸平が浮気して・・・この茜って女が殺っちゃった。三流ストーリーは此れにて終了だ。」











笑いを帯びた口元が、吐き出した煙で一瞬見えなくなる。


再び見えた口元は、相も変わらず薄ら笑いを浮かべていた。