あまり近く寄らないで
嫌いなんじゃないの、むしろ好きだから
息を吸ったり、吐いたりする音
唾をごくりと飲み込む仕草
そしてこの心音でさえも
貴方に聞こえてしまいそうで。
いちいちドキドキしてしまうのです。
第5話*これが恋*
何となく、気になっていた。
その笑顔が、瞼に焼き付いていた。
貴方の声が、ずっと耳に残っていた。
でも、あたしはこの感情の名前を知らない。
不確かで、定まらないこの感情の存在でさえ分からない。
でも、貴方と話せると気分が良くて。
心の底から、何かドキドキが沸きあがって来ます。
胃のあたりがサァッてなって、焦って、テンパる。
でも貴方の笑顔をみると、あたしまで笑顔になります。
でも、この感情はきっと恋ではないと思っていました。
今でもよく分かっていません。
あたしはきっと臆病者。
何か、気づく事を抑えているみたいです。
何ででしょう。
何故。
なんで、おい。
気を紛らわせるように、音楽をガンッガンにかけた。
「あいたっ」
「村上・・・」
ふと見れば、数学の教諭がそこに。
「あー・・・・・・」
買ったばかりのi-Pod
好きな曲ばっかいれて気分は最高潮♪
・・・のはずなんだけど。
胸から離れない焦燥感
奥で何かがジリジリ焦げていく。
その内体中が溶けきってしまうんじゃないか
そう思うほど熱い。
冬なのに。
んで。
「とられたのォ?バカじゃん」
後ろの席に座っている有希があたしに言った。
あたしは窓の外を見ながらうすぼんやりと呟いた。
「・・・馬鹿ですとも」
i-Podは没収。
あたしは生徒指導勧告という処罰。
つまりは生徒指導主任からお説教を喰らうということ。
そして、今くらってきた。
「卒業ん時返してくれるって」
卒業まであと三ヶ月。
町も活気立ち、イルミネーションが整う十二月中頃。
あたしら受験生にとっては最悪の季節がやってきた。
「よかったじゃない・・・あれ、亜季どうしたの?」
モジモジモジモジ・・・・・
湿度99%女が有希の背後に立っていた。
これ、嫌な奴だったら絶対うざったい。
「ここのステッチが・・」
そういって、力なさげに首を振る。
いやいや、ちゃんと言えよ口で。
縫合すっぞ?そのお可愛いお口をよぉ・・・
あたしでなくともこう言いたい人は多いはず。
「あー・・ここはねぇ・・・・」
編み棒と毛糸を亜季から受け取ると、何やら有希がやりだす。
・・・・しばらく手を動かし悪戦苦闘していたが、諦めた。
「・・わかんないわ。手芸部にでも聞くしか・・」
「でもぉ・・・聞いちゃうと、その子がぁ・・・」
バレてしまうとでもいいたいらしい。
その後数分とごたごたやっていた。
もちろんあたしは一瞥もくれず、生徒の下校風景を眺めていた。
教室には、あたしたち三人しかいない。
「・・・もぅ」
亜季チャンの目に涙が浮かぶ。
それを見てあたしは溜息。
こういうタイプって、世話好きな有希はいいだろうけど・・
あたしみたいなタイプにとっては、イライラの対象なわけよ。
あーもうどうにでもなれ。
「貸して」
窓の外を眺めたまま、手だけを声の方へ。
亜季ちゃんは一回警戒したが、素直に渡す。
有希はあたしの予想外の行動に驚くばかりだ。
あたしはちらり、とそれに一瞥をくれる。
グレーの地のマフラー、両端にオレンジの線が二本ずつ。
きっと瀬川への贈り物。
もうすぐクリスマスだからか・・
そう思いつつ、目の前のマフラーを見た。
いくつか飛ばして編んでしまった為にどんどん狭くなってしまったのだ。
両端の長さが合わない。
しかしそんなものは簡単に直せる。
あっという間に、手の中の毛糸屑はマフラーになっていた。
「・・・・はい、めはひろっといたから。
あと、もう少しゆったり編んだ方がいいと思う。
ま、初めて編んだにしては良いんじゃない、初々しくて」
そう言った所で、窓の外から手を振る人影を見た。
一緒に帰る約束をしていた。さすがにあたしも忘れていない。
「じゃぁ、がんばんなよ。
そういうものって要は気持ちなんでしょ」
少し冷めたように言う自分に何故か腹が立つ。
そして鞄を掴み教室を出た。
「待たせた」
「ん、別に」
話は短く、歩き始めたあたしたち二人。
向こうはエンターテイナー。
あたしは大道芸人。
屈託なく笑いあう、この時間が楽しい。
教室では。
「有希ちゃん・・・あの、村上さんって・・・・」
綺麗に編まれたマフラーを手に、亜季は呆然としている。
普段の態度からいって、そうは見えなかったから。
お母さんよりも上手かも、と亜季は呟いた。
「裁縫とか得意なのよ、あー見えて」
まさか、あのコが一番苦手なタイプの亜季に手を差し伸べるとは。
そこは予想外だった。
「そうなの・・・?」
有希も同じ意見だった。
・・・ああ見えても。
「そうよ。勉強とかも嫌いそうでしょ?」
「うん・・・数学とか特に苦手そう・・」
「でもバリバリの理系なのよねぇ」
色々話しながら、亜季は編んでいた。
そろそろ村上さんは帰ったかな、と窓の外をみる。
「・・・うん・・あ、紗奈ちゃん男の子と・・・・・」
「へっ?兄弟・・はいないし、道でも聞かれたんじゃな・・・・」
窓の外をみる二人の瞳には、笑顔で歩く二人がうつっている。
一方。
和之と秀嗣は歩いていた。
夕日に照らされつつ、歩く。
秀嗣の口が、開いた。
「なぁ」
それは躊躇う様でもあり、自分に何かを諭す様でもある。
「村上が」
「・・・村上ぃ!?」
「マフラー編んでたぞ」
「マフラー!?」
いちいち反応が大きい和之を放って置きつつ、更に話を続ける秀嗣。
「グレーにオレンジの線が入ってた」
「あー・・・欲しいなァ」
素直な和之を、秀嗣は一瞬羨ましいように見つめた。
だが、直ぐに目を逸らす。
「アレは・・中川はどうすんだよ。
完璧にお前の事好きだろ?返事してやれよ」
和之は両手を頭の後ろで組んだ。
そして言葉を濁しながら、しかし単刀直入に言う。
「なんかさぁ、俺あーゆータイプ駄目なんだよなァ。
だったら桶河とかの方が付き合いやすい・・ま、俺は村上だけど。
そーいやお前は、最近気になんのいるらしぃじゃねぇの」
「・・・・・なぁ」
間が開いても、和之は俺の言葉を待った。
どうせ大方予想はついているんだろう。
こいつは昔からそういう奴だ。
人の気持や行動に敏感なくせに、ちゃらけてはぐらかそうとする。
「ん」
いつもの反応。
先を急くわけでもなく。
雲のように、ゆっくり流れる時間が何だか落ち着かなかった。
「俺、最低だ」
吐き出すように言う。
「何でよ秀嗣ちゃァん」
「ごめん、俺村上好きだ」
全部言ってしまわなければ済まなかった。
俺は汚い。
罪悪感にさいなまれるのが嫌で、嫌で。
優しい和之に全てを任せようとしたんだ。
それで責めて貰ってもいい。
いっそなじられた方が気が楽だ。
「何でゴメン、なんだよ。
うわーやっぱ?俺って見る目あんじゃん。
こんな堅物が惚れる程の女・・やっぱ村上可愛いなぁ」
和之は驚きもせずに言う。
内心どうだかは分からないけれど、空に村上を思い描いている。
「責めないのか」
「はっ?恋愛なんて個人主義だろ。
誰かに遠慮したり、考えてするモンじゃねーよ。
俺は例え村上がどっち選んでもお前とは友達だぜ?」
心底いい奴だと思った。
「お前は違うのカヨ」
ビシッと額を突付かれる。
頬が緩む。
どうにもできなかった。
苦笑まじり。
「・・・惚れるな」
「俺にか?けけけ、止めた方がいいぜ。
麻薬症状があっから、抜け出せなくなんぞ?」
「言ってろ」
楽になった。
俺やっぱ酷い奴だ。
ごめん、和之。
口に出すと小突かれそうだったから、心の中で言ってみた。
何だか、寒空に晒された裸の樹木も暖かそうに見えた。
君と出会ったとき、恋という言葉の意味を知りました。
少女漫画の中のありがちなものだとか
俗世間の暇な男女ドモがしてるモノだとか
少年誌での夢物語、誇大妄想だとか
そんなものだと思っていました。
幼稚園児が「結婚する」って騒いだり
負け犬って言葉なんかが流行ったり
女子高生が三日四日で・・
三股四股平気で・・
体目当て・・・・
そんな言葉しかきかなくて。
この世にないから、純愛映画なんてできるんだって、思ってました。
オレンジ色かピンク色、しかも淡い淡いいろ。
そんな色に包まれているような気持ちになるのです。
「恋かぁ」
「どしたの。恋でもしてんの?」
「それが分かんないんだよね」
恋多きエンターテイナーはクリスマスに向けてプレゼント選び。
それを恋と言っていいのか、どうか。
何たって奴の彼女は一人じゃないから。
本人によれば、本命は一人で。
あとの女の子は友達らしいけど意味が分かんない。
彼女と同じようにメールするし
彼女と同じように手も繋ぐし
彼女と同じようにカラオケにも行くし
彼女と同じようにテーマパークにも行く。
そして望まれればキスもするし、その先だって・・・
「恋のエキスパートとしてはだなー」
「それって、恋って言わないじゃん。彼女愛してんの?」
「恋じゃないネー。恋はひとりでするもの、愛は二人でつく・・げふっ」
あたしは軽く鳩尾に肘鉄を入れて、また考えた。
こいつは軽い。
間違いなく軽い。
果てしなく軽い。
顔がいいだけに女は寄ってくる。
コイツが言うには。
本命と遊びの違いは「愛」があるかどうからしい。
恋するのは自由だって。愛するってキツいとか。
勿論本命には本命なだけのサービスするとか。
変なことばっかり抜かすから、叩いといた。
「俺は、好きだと思ったら好きだから」
「本能で生きる野獣め」
「紗奈チャンも好きー」
「ボケが。触んな」
抱きつきかけたエンターテイナーを殴っておく。
「ぃって・・あ、紗奈、約束忘れてねーよな?」
「クリスマスプレゼント見に行くんでしょ?
付き合ったげるわよ。ミストレスの梅パフェで」
「春人先輩のトコか。しゃーねーな・・・いくぞ」
「うぃ」
コイってなんでしょう。
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鯉ってなんですか。ニシキですか。すんません。
24日に一回つくったんですがパーになりまして。
遅くなってすんません。
ちなみに、これ短編の「永久就職」と微妙にリンクしてます。
大急ぎで考えた店の名前、ミストレス。
意味:愛人(コラ
エンターテイナーさんは設定上高校生ですね。
その内名前と、詳しく高校生設定でますが。
では〜☆ミ
2005.12/29